さて、皆さま。日本では桜の見ごろも過ぎた地域が多い頃でしょうか?
バリ島では、「ニュピ」という、サカ歴の新年も終わり、季節が変わって、雨季から乾季へと移行しています。
雨が全く降らない、というのではないですが、空が高くなり、スカーンとした晴天が続いておりました。
が、先日(13日夜半)は久しぶりの大雨!屋根が落ちるかと言うほどの勢いの雨でした。
晴天続きでほこりっぽかった道も、ちょっと潤った感じです。
スマトラのアチェの方で、また大地震があり、津波の心配もされていましたが、今のところ大丈夫だったようで、ほっとしております。
スマトラとバリでは距離も遠いし、方角的にも、影響が全くないのですが、現地に居らっしゃった方々の事を思うと、本当に人ごとではない。
どこに居て何に遭遇するか分からない。
なので、とにかく今を一生懸命に丁寧に過ごしていくしか、ございません。
と言う訳で、私はゆるくヨガを、うちのバリ人姑は、週2回、村の広場で行われている、健康体操、を続けております。
うちの姑は、足腰が痛いうえに、大柄・太っているので、歩いて村の広場まで行くのも一苦労。
でも家でじっとしていて、余計に身体が動かなくなっていくのは嫌だ、と、毎回一所懸命、健康体操に通っています。
時々おうちでエクササイズ。
のんびりした音楽(カウントの掛け声入り)をかけながらの体操なのですが、ダドン(ばーちゃん)はそれでも動きについていけない(^^;)
で、孫娘が指導にあたります(笑)

ばあちゃん、こうよ!と掛け声をかけつつ見本を見せる娘。

なんだか笑える光景です(^^)
さて、もう随分日にちが経ってしまいましたが、今年のニュピの様子をUPしようと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、ニュピはバリ島のサカ歴の新年にあたります。
ガルンガンやクニンガンなど、バリのほとんどの行事や通過儀礼が「ウク歴」に即しているのに対して、「ニュピ」は月の満ち欠けを基準にした、一年が360日の「サカ歴」の「新年」にあたります。
ニュピの前には様々な行事が有り、そのひとつ、海や川に行列を成してご神体を清めに行く、「ムラスティ、ムキエス」、ニュピ前日の、大浄化儀式「タウール・クサンゴ」各家庭で行う、節分みたいな「プングルップカン」、そして、「オゴオゴ」。
私は個人的に、ニュピ前のこの一連の行事が、一番バリらしさを感じます。

ニュピの3、4日前になると、夜昼を問わず、このように、トラック、乗用車、バイクに分乗して、村ごとお寺のご神体を清めに行く光景がそこかしこで見られます。夜に行う村もあれば、早朝から行く村も有り、海岸もそれぞれバラバラ。
この団体は、最優先で通行を許され、村の自警団、警察が前後左右をガードして、村人や子供たちが箱乗り、もしくはトラックにすし詰めで、爆走する様は、初めて見る観光客の目を釘付けにします。

我がプネスタナン村は、一年交代で、海に行く年と川(チャンプアンのウォス川)に行く年が有りまして、今年は海に行く年でした。
海に行く時は早朝出発なのです。朝、4時、とか・・・。
今年のムラスティはニュピ二日前の3月21日でした。
その前日、20日の夜には、私の従姉妹とその子供たちが初めてのバリ島旅行で、PRASANTIに泊まる事に。
夜に到着して、ほとんど真っ暗な中、周囲の景色もよく分からずに、それでも初バリに興奮してキョロキョロする従姉妹の子どもたち。
「あのさあ、着いて早々なんやけど、明日、海へご神体を清めに行く儀式が有るって言うてたやん?あれ、明日の早朝になってん。」
「わかった〜。楽しみにしててん」
「うん、でも朝、4時ごろ出発やねん。」
「えっっ!!!」
と言う訳で、従姉妹たちは、夜に到着し、朝もまだ暗いうちにフラフラしながら出発、サヌールの「サンライズ・ビーチ」にてムラスティ。
「着いて二日目やけど、まだどんなとこなんか、全然見てないから分かれへんわあ」
・・・・そやろな。確かに。ずっと暗い中を移動でしたから・・・。

海岸の防波堤沿いに、村から一緒に持って来たご神体、大量のお供え物をずらりと並べ、儀式の進行をただひたすら待つ村の人たち。
この日はあいにくの雨模様で、海岸までの道中も、途中大雨になって、トラックすし詰めチームはさぞかし濡れただろうとお思います。
大事なご神体は濡らさぬようビニールでカバー、バロンもランダも、レインマントを着ておりました・・・


小雨が降ったりやんだりで、人々も傘をさしたり畳んだり・・・ちょっと入れるカフェ、なんてのもなく、お店はもちろん、この早朝はどこも閉まっています。

子供たちは行楽気分で、楽しそうにあちこち走りまわってます。

頭上に花を掲げて、祈る。
この光景を一度見た人は、その真摯で敬虔な姿に打たれ、そしてバリの虜になって行くのでは・・・と思うのです。
人々が大勢で一斉に祈る姿、これは本当に、なんというか打たれるものがあります。
昔、私がまだ旅行者だった頃、とあるジャーナリストの方と話した際、「あの、ムスリムが集団で一斉に祈る姿を追いかけて、ずっとイスラム教国をまわっています」と言っていた事を思い出します。

この頃には暑く空を覆っていた雲も切れて、朝陽が海上に射していました。
このあと、生贄の鶏とアヒルが、海へ放たれます。
いったん放たれたアヒルたちは、必死に沖の方へ泳いでいきます。誰かが捕まえられたら、その人のものになるようで、地元の子どもらしき子たちが、何人か裸でスタンバイしておりました。
鶏はすぐ捕まりましたが、アヒルは延々と沖の方に泳いでいき、最後はどうなったのか見えなくなりました。あの男の子もどこまでも泳いで行ったのか・・・

終わった終わった〜、さあ、かえろかえろ!
ってなもんで、またお供え物、ご神体、ランダやバロン、その他諸々、持って来たものを全て引き上げて、村のお寺まで戻ります。


一カ月近く前から、このムラスティやニュピの為に、大量のお供え物を村人の奉仕作業で、お寺で準備してきました。年に一度の大・浄化の儀式。
あとは、ニュピ前日のタウール・クサンゴという、バリ島全土の四つ辻ごとに行われる浄化の儀式、各家庭での節分めいた浄化の儀式、そして、夜はお楽しみのオゴオゴ!

このようなおどろおどろしい、ハリボテ人形が、あちこちの村の集会場で見られます。
これは村の青年団が、工夫を凝らして作るのですが、大体一ヶ月くらい前から作り始めて、いつも「まだこんだけしか仕上がってなくて、間に合うのか!?」と思うんだけど、なぜか本番にはちゃんと出来あがっているという・・・
これを村の男どもが担ぎあげて、村の四つ角を疾走、ぐるぐる回して、化け物たちが戻って来られないように方向感覚を狂わせる、という、関西で言うところの「だんじり」に似た催しというか・・・
地元主体の、おらが村が一番だぜ!というのを思う存分発揮する、結構エキサイティングな催しです。

オゴオゴ本番近くなると、出来あがった各地のオゴオゴを見ながら、出来栄えをあれこれを批評するのもまた楽しみ。↑の赤いのは子供用の小さなオゴオゴ。
男の子は、こういうのがほんとに好きですね。
ミニチュアサイズのオゴオゴを、大人にせがんで作って貰ったり、学校で作ったり。
従姉妹たちが、一カ月くらいしか製作期間がないのに、その完成度の高さ(と、人形のモチーフのおどろおどろしさ)に、驚いておりました。
夜だったため、うちの村のオゴオゴの模様を写真に撮れませんでした。準備している姿を全く見なかったので、今年はしょぼいのかな?と思っていたら、子供のオゴオゴ4体、大人のでっかいオゴオゴが5体、とかなり大がかり。小さいのから順番に登場、大きいのはそれぞれ青年団女子部の綺麗どころが松明を持って先導、トリは、裸の男どもが口から火を吹くアトラクションつきの、巨大ランダのオゴオゴでした。高すぎて、電線をあちこちから押し上げながら、必死でオゴオゴを通し、勢い余って激突しそうになるのをキャーキャーいいながら見る、結構興奮の見ものでしたよ!
わざわざウブドの中心まで行かなくても、地元オゴオゴがこれだけ大掛かりだったら、そこで十分楽しめます。
その後ウブドまでご飯を食べに出たら、丁度パダンテガルのオゴオゴ真っ最中でした。↑の写真が、そのパダンテガルのオゴオゴ。担ぎあげられると、本当に大きく見えるし、迫力満点。
翌日は、外出禁止、火を灯してはならない、静寂の日・ニュピ。
この一年をリセットして、ニュートラルに戻す年に一度の機会です。
ニュピは本当に静かです。一日中、普段は騒々しい隣のがきんちょどもも、こんなに静かにできるんだ、というくらい、一日中静かな日。
テレビやラジオの機械音も無し。
バイクや車の音も無し。
原始のころからあった、自然の騒々しさだけ。
今年のニュピは生憎の雨で、星はみえませんでしたが、家族と語らいながらなごやかに更けて行きました。
ニュピは飛行機の発着もないので、旅行には向かない、と思われがちですが、ニュピをこそ、バリで過ごす、これが今や、もっともバリらしさを感じられるのではないか、と思います。
とはいえ、PRASANTIでは宿業務はお休み。朝食だけはご用意しますが、クリーニングやその他、その日はお休みです。
一日、読書三昧、瞑想三昧、よかったら一日絶食、っていう過ごし方も、素敵ではないでしょうか(笑)