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Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、アヒル、うさぎ、鶏と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿を始めました。
http://prasanti.web.fc2.com

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メイン・メールアドレス、続行です。

先日、ヤフーメールのアドレスがPCから開けなくなっていた件を投稿しましたが・・・

 無事復旧!!!!
 はるか昔に登録したヤフーのアカウント、頻繁にパスワードを変更して分からなくなってしまったうえに、登録時のメルアドなんて日本のOCNで、とっくにもう閉じている。
 万事休す、かと思われたのですが、思い出しましたよ、秘密の質問、「初恋の人の名は?」(笑)(笑)(笑)

 初恋の人、なんて、いつの時代のどの初恋?って感じですが、初恋は、初めての恋。覚えてたんですねこれが。
というか、実は、登録情報を全部書き留めてあったのが出てきたのです。必死こいて探しまくって、出てきた。

 自分の、案外几帳面な性格に感謝致した次第であります。

 という訳で、ご予約、お問い合わせ等は従来通り、

pt_prasanti@yahoo.co.jp

まで宜しくお願い致します。

 メールを戴いたら、通常は翌日、遅くとも三日以内にはお返事差し上げております。返事が無い、ということは、私にメールが届いて無いか、もしくは私の返信が相手様に届いて無いか、どちらかです。そんな場合は、電話にてお問い合わせいただければ、と思います。昔よりは格段に通信事情が発達したバリ島ですが、それでも、日本の高速通信には及ぶべくもなく。。。時々、通信できなくなる事もありますので、そんな時はやはり電話が役立ちますね。

日本語ダイレクト、は、+6281-337-266-955
となっております。但し、夜中は出ません(笑)SMSでも送って頂ければ折り返します。

 ウェブをごちゃごちゃいじっていたついでに、PRASANTIのウェブサイトをちょっとシンプルに致しました(笑)
併せてご覧くださいませ~

PRASANTI B&B

となっております。

 夏休みを飛び越して、そろそろ年末年始の予約が入っております。
 夏休みも是非バリ島へ、ウブドへお越しください、素晴らしい夏休みを体験しに。

 
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日記ですね(笑)

 今年は(も)、エルニーニョ現象の影響下にあるバリ島では、雨季に雨季らしい雨が降らず、今年、2016年のニュピ前後(3月)は、連日体感温度が40度超えという日々も有り、、、5月には行ってようやく朝晩は過ごしやすい気温になってきたウブドですが、日中は相変わらず汗を流しながら過ごしております。

 雨季でまとまった激しい雨が降らず、雨水で流されない蚊の卵がそこかしこで孵化し、去年からデング熱を媒介する蚊が一向に衰えず、引き続きデング熱患者が多いウブドです。

 観光客を怖がらせないようにデング熱デング熱と騒ぎ過ぎない方がいい、とよく言われるのですが、ウブド地域で流行っているのは事実です。何も知らずにほとんど注意せずに来て、罹ってしまってから大慌て、ということになりかねないので、デング熱がまず流行っているという認識の下、なるべく蚊に刺されないように、上から下まで肌の露出のなるべく少ない服装、虫よけ、蚊の多そうな場所への注意、そして何より、疲れないような日程で、寝不足にならず、抵抗力・免疫力をあげるような、癒しのバリ本来の滞在目的に倣ったご滞在を心がけて下さいませ。
 それでも罹ってしまったら、運が悪かったと諦めて、いさぎよく病院にて対症療法を行ってもらいましょう。こちらの病院は、デング熱患者に対応する数が日本とはけた違い、ちゃんと対処してくれますので、不安がらずにすぐに病院へ。

 さて、長らくブログを放置しておりましたm(__)m
年始、ニュピ、なんやかんや、と大忙しで中々ブログを更新できず。私はフェイスブックをやっているのですが、そちらはマメにUPしており、PRASANTI B&Bのページもございますので、よろしければ是非見てやって下さいませ。

 ゴールデンウィークも過ぎて、お宿的には暇な6月に突入いたします。毎年、帰国したいなしようかな、と迷う時期です(笑)
ふらっと一人で帰国しているかもしれませんが、とりあえずぽろぽろとご予約も有るので、おそらくウブドに居ります。
 また、年末年始に向けての予約がどっと入り始める時期でもあります。
 なのに。先日、あるサイトでオンライン予約をしようとしてどうしても上手くいかずに、四苦八苦した出来事があったのですが、その時に色々、ブラウザの変更やらキャッシュの削除やらなんやらかんやら。。。。をやった挙句に、プラサンティのメインのメールアドレス、ヤフーに、パソコンからログイン出来なくなってしまったのです!!!!携帯からは見れるので、今のところ携帯で凌いでいるのですが・・・困った。
 そんなこんなのメンテをゆっくり6月にやるのもいいかな、と思っております。もしかしたら、メールアドレスやウェブサイトが、ころっと変わるかもしれませんm(__)m

 あと、毎年、料金やシステムや、細かい事を変更・更新しておりますが、今年は後期から「長期滞在について」をちょっと変更いたします。長期滞在(30泊)にご興味のある方はご連絡下さいませ。詳細をお送りいたします。

 さあ、来月から2016年も後半に入ります。年始に立てた予定通りに行かない事の方が多そうな、今年前半の展開でしたが(^-^;)後半も気持ち良く皆さまをお迎えできるよう、頑張っていく所存でおります。ぜひ遊びにいらして下さいませ!!


 

2016年のご挨拶とプロモーション!

 前回のブログ記事は、折りしもガルンガンについて、でした。

バリ島では2016年、2月10日、昨日ガルンガンを祝いました。

P_20160210_181646_1.jpg

午前中は薄曇りで、お寺に参詣に行くには涼しくてよい感じ、そして家に戻って家じゅうのお供え物を済ませるのにも、かんかん照りで暑いよりは随分楽でした(^^)
 午後になって、お供え物を下げる頃に大雨、そして、夕方のご神体(バロンとランダ)の巡行の時には、雨もやみ、夕暮れの涼しい中を皆でついて歩きました。各家々の前までご神体が来て、そこでも祈りを捧げます。

 そして、気がつけば、2016年の新年のご挨拶もまだでした。
年を重ねるごとに、変わらずいらして下さるお客さまと、より深く関わらせて頂き、また新しいお客様には新しいご縁を結ばせて頂き、毎年、有り難いことだなあ、と、つくづく実感しております。
 今年は、新しくもうひと部屋、客室をオープンさせる予定でおります。今後とも、どうぞご愛顧のほど、宜しくお願い致しますm(__)m

 そこで。
 今年もプロモーション価格にて、スーペリアのお部屋をご提供させて頂きます!
3月1日~4月24日、NO.3とNO.4の、スーペリアルームを、30%オフの朝食無しプランでご提供させて頂きます。


 もちろん、朝食は別途料金でいつでもご用意させて頂きます。

この機会に、是非ご宿泊下さいませ!スタッフ、家族、犬猫ともども、心よりお待ちしております!!

挨拶用





ガルンガン~真実と正義の勝利の日。バリ・ヒンドゥー教徒にとっての、ウク歴の集大成の日~

 引き続き、バリの宗教や文化や習慣について、以前書いた記事のリライトです。
今回は、時節柄、「ガルンガン」。


 ガルンガン、という祭日をご紹介します。
一般的に、神となった祖先の霊が家族の元を訪れる日、日本で言えば「迎え盆」のような行事と紹介されている「ガルンガン」ですが、バリ・ヒンドゥー教の教義に照らして言えば、正義の勝利を意味する、神聖な日である、ということになります。そして、ガルンガンの何日か前からガルンガンの翌日まで、関連した儀式の日が連続して続くのですが、これは抜かしたり省略したり出来ません。そう、実際は、一日で終るものではなく、5日ほど前からの前準備の儀礼も含めて、「ガルンガン」と呼ばれるのです。

まず、「ハリ・スチ・スギアン」という、ガルンガンに向けて準備を始める日から始まります。家寺や神聖な場所、各建物の清掃、そしてガルンガンの儀式に使うものの手入れを行い、家寺に「バンタン・ソド」という小さい供物を捧げ、祈ります。
これは、サンガやムラジャンと呼ばれる家寺がシンボライズしている、「大自然・この世界」を浄化する、という事であり、ひいては自分自身の浄化に向けて、準備を始める、ということなのです。「真実・正義」の勝利の日であるガルンガンには、この地球上の全存在が清浄な状態でなければなりません。でも、動物や植物には思考力も判断力もありません。ただひとり、「人間」だけが能動的、主体的に「浄化」について行動を起こすことが出来るのです。スギアンの日はそういう心構えで、各家寺で祈りを捧げる日なのです。

ガルンガンの3日前はガルンガンに向けて、準備が万端、整っている状態を指します。また、この日は「サン・カラ・ティガ」という悪霊が地上に降りる日でもあります。

パサール(市場)は、ガルンガンに向けてお供え物の果物や、ブスンなど必要なものを買い求める人々でごったがえします。余談ですが、バリ島では、こういう祭日が近づくと、果物やブスン(椰子の葉)など、絶対に必要なものは、値段が吊り上ります。値段を上げても絶対に売れるので、ここぞとばかりに売り手は商売に励みます。主婦達は少しでも安く、いいものを求めて、あちこち走り回ります。

この日になると、男連中が、そろそろ「ペンジョール」と呼ばれる、竹で作るお飾りのようなものを準備し始めます。
ペンジョールは、寺院での儀礼の際に門の前に立てたり、ガルンガンの祭日に家々の前に立てるもので、バリ・ヒンドゥー教の唯一神、サン・ヒャン・ウィディ神に対して、感謝の念を表すものだそうです。一説には、ペンジョールは、アグン山に住むとされる龍の神、バスキ神を象徴するとも言われています。バリ・ヒンドゥーの総本山、「ブサキ寺院」は、「バスキ神のいます所」という意味で、ペンジョールの椰子の葉の飾りは龍の背びれを表し、竹の先にぶら下がったサンピアンが龍の尾を表しているそうです。

このペンジョールを作るのは、おもに男性の仕事とされており、丁度いい形の竹を探して切り出し、あるいは買いに行き、それぞれ工夫をこらして飾り付けをしていきます。ガルガンの前日までには家の前に立てなくてはならないのですが、早々と立てる家もあれば、ぎりぎりまで大人も子供も一緒になって準備しているところもあったりと、なんだか日本の大晦日の風景に似ていなくもなく、微笑ましい光景です。
このペンジョールは、村ごとに飾りつけが微妙に違っていたり、豪華さを競い合ったりと、なかなか見ていて飽きないものです。バンジャールによっては、このペンジョールの素晴らしさを競う催しがあり、上位入賞者には賞金が出るそうです。このペンジョールが立ち並ぶガルンガンの朝に、大通りを歩くと、その美しさに目を見張ります。

そのペンジョール、一体何がぶら下げられているのかというと・・・
本体の竹(マヘソラ神)
白い布(イスワラ神)
米の菓子(ブラフマ神)
ココナツの実(ルドラ神)
椰子の葉(マハデワ神)
葉っぱ類(サンカラ神)
果物や稲、イモやトウモロコシなど穀物類(ウィシュヌ神)
さとうきび(サンブ-神)     *( )内はそれぞれ象徴している神の名

ペンジョールはサン・ヒャン・ウィディ神に、すべての災厄、とりわけ飢餓から守ってもらっていることへの感謝の念を表すものであるので、このように様々な大地の実りがぶら下げられているのです。ペンジョールの前には、必ず小さな仮の社(お供え物置き)が設けられますが、このサンガ・アルタ・チャンドラと呼ばれる祠は、先ほど述べた、龍神をシンボライズした龍の頭を表すとも、ブサキ寺院のサン・ヒャン・シワ神を表すとも言われます。

ガルンガン2日前のプニャジャンの日は、サン・カラ・ティガという悪霊の誘惑やそそのかしを、沈思黙考で打ち負かし、克服する日であります。
この日は、サテを作ります。そして、女性陣はガルンガンに供えてのお供え物作りの佳境、男性陣はペンジョールの仕上げや、ガルンガンに使う道具類の準備など、忙しさもまだまだ続きます。そして明日はいよいよプナンパン。

ガルンガンの前日は、「プナンパン」と呼ばれます。
この日は早朝から、「ポトン・バビ」と言って、豚を屠ります。何世帯かでお金を出し合って一頭の豚を屠り、解体して肉を分け合います。分けて持ち帰ったお肉で、早速、ラワールや、煮込み、揚げ物、腸詰ソーセージ、といったものを作ります。
このお肉は、ガルンガンが終って、クニンガンを迎えるころまで、延々と食べつづけられます。だから、なるべく日持ちするように揚げたり、煮込んだり、皮などは天日に干して、あとで揚げて、クルプッと呼ばれるオセンベイのようなものにして食べます。

プナンパン、の本来の意味は、「源泉への復帰」つまり、本来の姿への回帰、というほどの意味だそうです。そして、本来この日に供される「バンタン・トゥバサン」というお供え物には、目に見えるこの世の全ての現象・存在、また、目に見えない世界の存在、そのどちらの世界も、ネガティブなものはポジティブへと転換させ、神の領域と人間の領域、目に見えるものと見えないもの、肉体と精神、を調和・同調させ、バランスを取る、という意味があるのです。この儀式によって、地上に降りてきたサン・カラ・ティガという悪霊は、本来の姿、サン・カラ・ヒタという、神の姿へと戻る訳です。つまり、この重要なバンタンには、「ニュートラル(中立)な状態に戻す」という意味があるのです。

私の住む、ウブドにほど近い村では、プナンパン・ガルンガンの日はバンタン・ソドというお供え物だけ供えます。祭日のお供え物の供え方や、儀式のやり方は、地域によって随分と差があり、全てが全て、同じやり方、同じ意味合い、という訳ではありません。大きな行事の前には、村ごとに「式次第」のような、日程と、揃えるべきお供え物の詳細、などが細かく書かれたものが各家に配られ、村中がいっせいに行事を遂行できるようになっています。なので、この記事は私の住む地域に準じます、ということを、あらかじめお断わりしておきますね!

さて、プナンパン・ガルンガンに戻りましょう。この日はラワールを作り、お供え物をして、明日のガルンガンに向けて、最終仕上げをします。サンガやムラジャン(家寺)や、敷地内の祠に、ワストラという、きらびやかなカイン(布)やラマックで飾り付けをし、吊るし物を吊るし、傘を立てかけ、ノボリを立てます。まさに、「飾り立てる」という形容がぴったりの、この豪華さ!

夜になってようやくお供え物も全て揃い、家寺の「ピアサン」と呼ばれる建物の祭壇にきれいに並べられます。この祭壇には、菓子や果物を積み上げた「グボガン」というお供え物や、新品のカインやスレンダン(腰帯)を重ねて積んだものなどが並べられます。これは、家寺に降臨する神々や祖霊神に対して、様々な食べ物と新しい衣服を供する、という意味で、最上級のおもてなしを意味しています。猫やねずみに荒らされないように、きっちり締め切って鍵もかけるんですよ!これで準備は整い、明日を待つだけ。

このように、何日か前から準備に追われるガルンガンですが、私の住む家は、敷地は普通に大きなバリの家なのですが、家族数が少ないので、いつも人手が足りずに大忙し!おまけに一人息子の嫁が外国人なもんで(私です、すみません)、ほとんど手助けにならないし、毎回、大変そうな姑に申し訳なく思いながら、出来ることだけ手伝っているワタクシなのです。
いつも、夜中12時過ぎまで準備が終らずに、みんなげっそり疲れきる・・・。そんなとき私は、子供のころの大晦日を思い出します。母親が一人で、「ああ終らない終らない!」と言いながら夜中までおせち料理を作っていた姿を・・・。

さて、いよいよガルンガンの日がやってきました!
早朝から、調理したての鶏肉などのお供え物、新しい花々を使ったチャナンをセットして、お供え物の最後の仕上げをします。そして、「サンガ・グデ」と呼ばれる、本家の家寺に、お供え物を持っていきます。また、舅あるいは姑の実家にも、お供え物を持っていきます。  
村のお寺、プラ・ダラムにもお供え物を持っていき、ガルンガンの儀式に使う「ティルタ・聖水」を戴いてきます。この重要な「聖水」で家中を清めるのです。
聖水を戴いてきたら、すぐにお供え物を供え、家族みんなで家寺で祈りを捧げます。うちの家寺にも、嫁いでいった義姉や義妹たちがお供え物を持ってやってきたり、親戚達がお供え物を持ってきて、お祈りしに来たりと、ぽつぽつ人がやってきます。暑い暑い日中、一連の儀式が済むと、ちょっと休憩。疲れきってお昼寝する女性陣の姿も・・・。

ここですこし、ガルンガンの本来の目的とは?というお話を。
ガルンガン、とは、この大自然・世界の、光り輝く頂点の日である、とものの本には書いてあります。「真実の光へと到達する最終目的の地点」とも。
抽象的過ぎて、難しいですよね~。ガルンガンは、210日で一巡りするウク暦の頂点に当たる日なのです。この210日間に行われた様々な儀式の集大成、ともいうべき日でもあります。全てのバリ・ヒンドゥー教徒が自らの行いを正し、取り組んできた「真実の勝利」への道の、集大成。
このガルンガンの日、神がサン・ヒャン・シワ・マハデワとなって、全ての神々、祖霊神、とともに地上に降臨します。神となった私達の祖霊神は、子孫達の「良き人間としての行い」を見たいと願っています。なぜなら、この世での、われわれ子孫の善行が、あの世での祖霊神の立場にも影響を及ぼすからです。
すでに古典となったミゲル・コバルビアスの著書「バリ島」に、「バリ人が神々のことを言うときには、数知れぬ種類の守護霊たちのことで、それはみな、なんらかの意味で祖先の概念と結びついている。中略~いずれにせよ、祖先こそが人々にとっていちばん身近で最初の神々であり、祖先を祀ることはこの世と霊界のつながりを築くことである。」という一文がありますが、私もこれには、なるほどな~と深くうなずきました。バリ・ヒンドゥー教は、あきらかにインドのヒンドゥー教とは異なるのです。このへんの事情から、「ガルンガンとは迎え盆」という風に、ガイドブックなどに書かれるようになったのではないか、と思われます。
ガルンガンとは、ウク暦におけるバリ・ヒンドゥー教の、ひとつの集大成の日であり、バリ・ヒンドゥー教徒にとっては一番大切な日なのです。

話を現実に戻しましょう!お昼寝の時間は過ぎて・・・
夕方3時頃になると、今度は「ルンスール」と言って、お供え物を下げてまわります。何しろ量が膨大なので、お下がりを仕分けるだけでも一時間はかかるのです!みんなお下がりのお菓子や果物をつまみながら、おしゃべりを楽しみながらお供え物を整理して、什器を片付けていきます。このあと、夜にかけては、子供達のお楽しみ、「バロンの巡行」があるのです。
ガルンガンの日には、プラ・ダラムに安置されているバロン(獅子の姿をした聖獣)とランダ(強い魔力を持つ魔女)が出揃って、ガムラン隊を従え、村の辻々を巡り歩きます。
私の住む村は、「クロッド(海側)」と「カジョー(山側)」の二つのバンジャールに分かれているのですが、この日はカジョー側のバロンとランダも一緒になって、巡行します。
このとき、何箇所かで「お布施集め」があり、その場でバロンは踊りを披露します。このお布施は、今後、バンジャールの管理の元、お寺の維持や、村の行事のために使われます。
新調した正装で、村人が大人も子供も、その巡行に付き従います。小さな子供達は興奮して夜遅くまでついて行きたがるのですが、大抵は途中で眠くなって最後のお寺まで付き添うことはできません。こうして、ガルンガンの長い一日は終ります。

 ガルンガンから10日後のクニンガンまで、到るところで、子供達の「バロン」が練り歩きます。小額のお布施を稼ぎに、自分達の村を出て、「遠征」するバロンも珍しくありません。小学生達のあやつる、つたないバロンから、村の青年団による、かなり本格的なバロンまで、一日中、何回も目にすることが出来ます。私の住む村では、決まって夜の7時ごろ、村の子供達がバロンを操って、各家をまわって、門付けを集めます。小さな子供達は大喜びで、どこまでもついて行きます。日本でも、昔は獅子舞の門付け、というのがあったのですよね。きっと似たような感じだと思います。

 ガルンガンの翌日は、ウマニス・ガルンガン、通称マニス・ガルンガンと呼ばれる日です。本来は、ガルンガンのお供え物を、下げる日(ルンスールといいます)なのですが、どこの家もガルンガンのその日に全部片付けてしまうので、この日は小さなお供え物、バンタン・ソドだけを供えて、各家寺でお祈りし、ティルタ(聖水)を戴くだけです。そして、その後、人々はみな着飾って、親戚や実家、または親しい友人の家を訪問しあったりして、ゆっくりと休日を楽しむのです。

 このように、ガルンガンには、仕事や学校や結婚などで、遠く離れて住んでいる人たちも、みな実家に帰ってきます。そういう意味では、日本のお盆やお正月に当たる、といえるでしょう。

 ガルンガンの4日後に、ハリ・スチ・ウリアンという日があります。この日は神々が元の場所に戻る日であり、決められたお供え物を供えます。その翌日は、サン・カラ・ティガ(悪霊)が元の場所に戻る日とされています。
このように、ガルンガンは、その後も小さな行事が続き、10日後のクニンガンを迎える訳です。

スンバヤン~お祈り~花々を頭上に掲げて祈る、世界一美しいお祈り。

 以前、記事を書かせて貰ったものの中で、これは残したいな、と思うものをここでUPしとくことにしました(^^)
バリ・ヒンドゥー教徒の、お祈りの仕方について、です。

 以下~

さて、これまでお伝えしてきた、バリ島の色んな儀礼・行事には、必ず人々の祈る姿がありました。今日はこの、「お祈り」の仕方について少し書いてみましょう。
バリ島の大半のバリ人は、バリ・ヒンドゥー教徒で、ここでいう「お祈り」とは、このバリ・ヒンドゥー教徒としての祈りのことです。お寺で祭礼が行われる際、観光客や在住の外国人も、きちんと正装してお祈りの用意をしていれば、一緒にお寺の境内でお祈りすることができます。お寺で捧げられる祈りは、宗教を超えた存在の「神」に対して捧げられるので、バリ・ヒンドゥー教徒しか入れない、ということはありません。しかし、やり方が「手を合わせるだけ」というのではないため、初めてだとちょっと戸惑うかもしれません。今日は、お祈りの仕方を、簡単にご紹介しましょう!

 お寺でお祈りする時は、僧りょの祈りを補佐する、宗教行事においての指導的立場の人の指示がありますので、基本的にはその人の言うとおりにすればいいのですが、バリ語の尊敬語が使われますので、言葉がわからないと、どう従っていいのかもわかりませんよね。
お祈りの流れは、だいたいのところ、手順が決まっていますので、基本的なところを覚えておけば、流れについてお祈りできると思います。

 お寺にいく前に、必ず沐浴して、正装します。そして、お祈りに使うお花、お線香を用意します。そのお花ですが、家のお庭でお花をとる時は、まだ枝についているものを摘み取ります。下に落ちてしまったり、虫食いのあるものや、枯れかかっているもの、墓場で摘んだものは使えません。白やクリーム色のジュプン(プルメリア)や、香りの高いチュンパカ、ジュンピリン(くちなし)、サンダット、ハイビスカス、ブーゲンビリア、バラなどが、よく使われます。
 もし、用意できれば、「クワンゲン」というものを準備します。これは神をシンボライズしたものと言われ、椰子の葉で作ったお飾り、ポロサン、幾種類かの花々、ペス・ボロン(中国の銅銭)もしくはコインのお金をバナナの葉でくるんだものです。
お祈りに使われる花々は、私達の心の美しさを表すものです。私達の祈りと願いを象徴したものですので、必ず、新しくて清浄なものでなければなりません。
これらのものを、銀の盆などに乗せ、あるいはもっと簡素に、バナナの葉で包んで、お線香、マッチなどと一緒に持っていきます。

 お寺の境内では、儀礼が続き、人々が捧げ持ってきたお供え物に祈祷が施され、お祈り待ちの人々でぎっしり埋っています。お祈りが始まる、少し前にお線香に火を点します。これは、周りの人々を見ていれば、タイミングが分かると思います。人が隙間なく並んでいますので、お線香の火が人にあたらないように注意しましょう!

 お祈りをするときは正座です。男性はあぐらを組みますが、女性は必ず正座します。
そのお祭りで、その日一番最初のお祈りの場合、全員で「トリ・サンディオ」というマントラを唱えます。この、トリ・サンディオについては、後でもう少し詳しく紹介しますね!

 さて、いよいよお祈りが始まります。
お祈りの最初と最後には、何も持たずに両手だけを合わせる「sembah puyung(スンバ・プユン)」があります。これは手を額のところで合わせます。
それでは、順を追ってお祈りの仕方を説明しますね。
① sembah puyun(両手の間に、お線香の煙を挟むようにします)
手を合わせる前に、お線香の煙に手をかざし、清めてから手を合わせます。
② SangHyang・Adityaとしてのサンヒャン・ウィディ(唯一最高神)への祈り
サンヒャン・スリヤ(太陽神)への祈りです。白い色の花を両手の指先にはさんで額の高さに掲げます。掲げる前に花を線香の煙にかざします。
③ イスタデワタへの祈り
その日や場所によって具現化された神への祈り、例えば、ブラフマ、ウィシュヌ、イスワラ、サラスワティ、ガネーシャなどの神々へ、あるいは満月や新月の時にはシワ神への祈りとなりますので、マントラもその時により変わります。
このときには、クワンゲン(なければ3種類の花を取り混ぜて使いましょう。ひとつの花でも構いません。)を額の高さに掲げて祈ります。掲げる前にクワンゲンを線香の煙にかざします。
④ 神からのめぐみに対する感謝の祈り
クワンゲンを掲げて祈ります。掲げる前にクワンゲンを線香の煙にかざします。
⑤ Sembah puyung
空手を線香の煙にかざしてから、額の高さに掲げて両手を合わせて祈ります。
各お祈りの時には、僧りょがマントラを唱える間、鈴が鳴らされつづけますので、鈴が鳴っている間、手を頭上に掲げて一緒に祈ります。
祈りの手順はだいたいこのような感じですが、随時、何の神に祈るのか、説明がありますので、それに従えばよいのです。たとえば、「プユン」と聞えれば空手を合わせて祈る、最初と最後の祈りですし、「クワンギ」と聞えたら、クワンゲンを掲げて祈ればよいのですね!
余談ですが、ものすごく色んな神様に祈りをささげる時があります。何回祈るねん!?というくらい、中々終らず、持ってきたお花が無くなりそうになってしまったり。そんなときのために、お花を半分にちぎって(節約して)祈ってもよいのです。重要なのは、まだ使っていない花びらを手にはさんでいることなのですね!
クワンゲンも、たいがい一人二つづつしか作らないことが多いので、何回も「クワンギ」と聞えると、人々の間に軽いどよめきが起こります(笑)。そんな時は、先に使ったクワンゲンから、ペス・ボロン(穴の空いた中国古銭)を取り出して、それを何種類かの花びらと一緒に指に挟んで、祈りに使います。即席クワンゲン、という訳です。

 しかし、実際にはそこまでお花の配分にこだわる必要はないようです。
「何も捧げるものがなくてもよい。あなたの心の中の、いつまでも枯れることのない、香り高い花を神に捧げよう」というわけです。
さて、お祈りが終ると、次にティルタ(聖水)とビジョ(チュンダナを浸した水に漬けられたお米)を戴きます。僧りょが前に来る前に、危ないのでお線香を少しずらしましょう。

①僧りょ(もしくはその奥さん)が前に来たら、両手を顔の横の高さに開いて頭を下げ、清めのティルタをふりかけてもらいます。ティルタがかけられる時は、必ずこのような姿勢をとります。
②次にティルタ(聖水)を戴きます。右手を左手の上に重ね、ティルタを受け、口に含みます(飲みます)。これを3回繰り返し、
③4回目は、そのまま顔を洗うようにします。顔を拭う感じです。
④その後、またティルタを頭上に降りかけてもらいます(両手は開いて手のひらは上に向ける)。
⑤そのあと、差し出されたビジョ(お米)を適量右手で取り、左手の手のひらに移し変えます。
⑥そして、右手で3粒を眉と眉の間に貼り付け、3粒の形のきれいな(欠けたり割れたり潰れたりしていないもの)米粒を口に入れ、噛まずに丸飲みします。残りの3粒は胸の部分(のどと胸の間くらい)に貼り付けます。
実際にはきちんと3粒づつ数えるわけではないので、適量を眉間と胸元に貼り付けるのですが、上手くくっつかずに落ちてしまっても問題ありません。
このビジョ(米)は、「神からの恵」のシンボルです。また私達一人ひとりの中にある神聖さ=神が成長し、魂の質が向上するように、という願いを表してもいます。

 さて、バリ・ヒンドゥー教は、「アガマ・ティルタ(聖水教)」と呼ばれるくらい、聖水・ティルタの果たす役割は重要です。
人間は水無しでは生きていけません。この水はまた、自分自身を浄化する清めの水であり、幸福な人生を意味する、あの「アムリタ」のことでもあります。
聖水を頭、口、顔と、3回ずつ戴くことの意味は、「思考・言葉・行動」を浄化する、ということだそうです。聖水を戴くことで、常に、良いことを考え、よい言葉を使い、よい行いが出来るようにお導きください、ということを心がけるのです。
また、ティルタを戴く前に、祈りに使った花を耳の上にはさみますが、これはいつもいつも善いことが聞けますように、という意味があるそうです。

 そして、お線香。お線香とともに、火を点すという行為が重要なのですが、火の神はアグニ神であり、アグニ神は人間の行いについて目撃し証言する神であります。お線香に火を点すと言うことは、神の立会いの元に祈る、という意味なのです。

 ここで、余談ですが、手の合わせ方について。
お祈りの仕方とは違うのですが、ちょっと面白いのでご紹介しますね。

 サン・ヒャン・ウィディ(唯一最高神)に対する時は、手を額のところで合わせ、指先は頭の大泉門にくるようにピンと伸ばします。これが、お寺でのお祈りの時の手の合せ方です。
 デワタ(デワ)神々に対する時は指先が眉間に来るように手を合わせます。
 先祖神に対する時は、指先が、鼻先に来るように手を合わせます。
 人に対して手を合わせるときは、みぞおちのところで手を合わせます。
 悪霊などの地霊神に手を合わせるときは、みぞおちのところで手を合わせますが、指先は下に向けます。

 さて、先ほど少し触れましたが、「Tri Sandhya-トリ・サンディオ-」について少しご紹介しましょう。
トリ・サンディオとは、バリ・ヒンドゥー教徒が一日3回、必ず行わなければならないお祈りのことです。「必ず」と書きましたが、実際に一日3回これを行っているバリ人は、とても少ないようです。イスラム教徒が一日5回、ショラットという祈りを行うのと同じように、本来はバリのヒンドゥー教徒も、毎日このトリ・サンディオを行うのがよい、とされています。最近、各TV局では、毎日、朝・昼・夕方・夜に、このトリ・サンディオのビデオクリップを流しています。

 トリ・サンディオはリグ・ヴェーダ、ナラヤナ・ウパニシャッド、シワスタヴァ、クサママハデワストゥッティから抜粋された6つのマントラから成っています。バリ人は幼稚園に行きだすようになると、少しづつこれを学校で習います。毎朝トリ・サンディオを行っている学校もありますし、満月・新月・カジャンクリウォンといった日には、全校生徒で行うようです。
という訳で、バリ人ならば、そして義務教育を終えているものなら全て、トリ・サンディオを暗記しているはずで、しかも毎日3回づつ日課として祈っているなら、もちろん完璧に、これらのマントラを諳んじているはずなのですが、実際のところ、ちゃんと覚えていないバリ人が多いようです。
 というのも、バリ・ヒンドゥー教が、今日のように体系化されたのは、比較的最近の話で、年配の人々などは、トリ・サンディオのことも、ましてや意味も、まったく知らない人も少なくないのです。トリ・サンディオが今のように、みんなに原典のサンスクリット語で唱えられるようになったのも、うちの旦那さんが小学校くらいのころからだそうです。昔は、サンスクリット語の聖なるマントラを唱えることは、最高位の僧りょ、プダンダにしか許されていないことでした。
 私に最初にトリ・サンディオを教えてくれたのは旦那さんですが、この間、幼稚園で習ってきた娘と一緒にマントラを唱えてみたところ、旦那さんは娘よりも覚えていませんでした。一体、どういうことでしょう。本人は、学校で毎日やっていたときは完璧だった、と言い訳をしていましたが・・・。
 トリ・サンディオの一番最初のマントラは、「ガヤトリー」というマントラです。ガヤトリー・マントラはバリに限らず全てのヒンドゥー教徒にとって最も神聖なものとされ、聖典「ヴェーダ」の全てのマントラの精髄が凝縮されたものだそうです。これはインドのヒンドゥー教でも同じで、プスパも以前、インド関連の書物を読み漁っていたときに、何度も目にしたことがあります。
インドから入ってきたのか、音楽のついた歌になってガヤトリーマントラだけを何回もリピートしたカセットテープが売られており、プスパが子供を産んだ時、バリ人の義理の姉が、「これを毎日、赤ちゃんに聞かせるといいよ」と、そのカセットをくれました。そういえば出産した産院で、決まった時間に同じカセットのガヤトリーの歌が流されていたことも思い出します。とにかく、これさえ唱えておけばOK、という、最強のマントラだそうです。
ガヤトリーとは、別名サヴィトリー、インスピレーションを与えてくれ、常に善行を行う後押しをしてくれる女神です。また、ガヤトリーは、学問・文化・善行の女神・サラスワティーのことでもあります。そして、ガヤトリーは太陽の別名でもあります。ですので、特に夜明け、太陽が新しく顔を出す朝一番の時間帯が、ガヤトリーマントラを唱えて祈るのに最適の時間と言われ、次に太陽が真上に来る正午、その次が太陽が沈む夕刻、と一日3回の祈りの時間が決まっているのです。
そして、もちろん、祈りは何回も何回も、回数が多いほどよいので、お寺で祈る前にトリ・サンディオを行うことはとても有効なのです。
トリ・サンディオを行うのは、お寺、家寺、山頂、丘の頂き、湧水のある場所、海岸、川の合流地点、などなど、ヒンドゥー教徒にとって神聖な場所で行うのがよい、とされ、身内に死者が出た場合、女性の生理中などは、避けたほうがよいとされています。
それでは、ちょっとマニアックですが、トリ・サンディオの正しい行い方をご紹介します。

1、 アーサナ(背骨をまっすぐにするように意識し、きちんと座る。)
2、 プラーナヤマ(手は膝に上に向けて置く。大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出し、呼吸を整える)
3、 左右の親指は合せたまま、右手を上に。右手を清める。マントラは、om,kara suddhamam swaha
4、 親指は離さず、左手を上に組み替える。不浄の手である左手を清める。マントラは、om,kara ati suddhamam swaha
5、 両手の親指と右手の人差し指を合せ、左手で右手を包むような形。この3本の合わされた指は、神聖なる音、「AUM」を表している。ここから祈りの始まりです。

最後に、ガヤトリーマントラをご紹介して終りましょう。サンスクリット原音をアルファベットで表記したもの、インドネシア語を訳したもの、最後に、サイババによる訳を載せておきます。

Om om om
Bhur bhuvah svah
Tat savitur varenyam
Bhargo devasya dhimahi
Dhiyo yo nah pracodayat
OM聖なる原初の音、神の御名
大地(地球)、空(大気)、天、全てに偏在する
最高に崇められる、究極の実在である「それ」、女神サヴィトリー
光り輝く神に
意識を集中させ、想いを馳せる
神が我らに英知を恵み与えたまわんことを

~神聖なる神、全世界・すべてのものに偏在する女神、あなたに祈りを捧げます。我々の知性を照らし、無知を取り払ってください。輝く太陽があらゆる暗闇を払うように。我々の知性を浄め、輝かせたまえ。~

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