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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿をやっています。
http://prasanti.web.fc2.com

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インドネシアはラマダン開始。我が家にも救援物資が届きました。

本日、2020年4月24日。
インドネシア(のムスリム)は本日から、ラマダンに入る。
そして、インドネシアはとうとう、国内外への飛行機の運行を禁止した。※先ほど、国際線は運行させる、と変更があったようだ。混乱しております、インドネシア。
ラマダンに伴う、人々の田舎への帰省を制限する目的だ。
実質、国外出入が出来なくなった。

先月18日から外出自粛を始めて一か月以上。
一か月、経ったなぁ。

買い物だけする一時的な外出と、二日にいっぺんくらいの、田んぼへの散歩、そしてきっちり三食、間食、家事、お供え物。その繰り返し。
ほぼ一日中携帯でネット使用、目に悪いと思いつつ、夜中もYouTubeで映画見たり、読書もしたり。

 このcovid19禍の中で、我が家6人家族の、生活が変わってしまったのは、学校がずっと休校となっている高1中1の子供たちと、私。
子供たちの生活の大半を占めている学校が無い、となると、生活のリズムは大きく変わる。オンラインで宿題や課題の提出、試験をやっているから、勉強量は普段と変わらずだが、全く外に出なくなったので、圧倒的な運動不足である。

私はというと、子供の送り迎えがなくなり、お客様も来なくなったので、時間が増え、一生のうちで初めてくらいの勢いで、家事に料理に励んでいる。

しかし、この緊急事態中、全く生活の変わらない人たちがいる。
 
それは、うちの旦那と舅と姑である。

舅姑ともに、身体の調子が悪いので、家から出ることが無くなって久しい。買い物にも出られない状態が長いので、今もそのままの生活。

旦那は、お家大好き+出不精な男だ。一日中庭のジャングルのどこかに居る。草木の手入れをするのが一番、の人なので、これも生活はほとんど変わっていない。

だから、この3人は、コロナによる、この世界的な緊急事態によるStay at Homeに、殆どストレスを感じていない様だ。これは、なんだかすごいことだなあと思う。

一連の自粛措置、セミ・ロックダウン状況のバリ島では、各行政集落が、村人への救援物資などを配り始めた。
我が家にも、村から布マスクが、村の銀行からお米、油、卵が世帯ごとに給付された。有難い事である。

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布マスクは6人家族に三枚、と、アベノマスクみたいな配り方だったけど(笑)でも、外出しない舅姑には十分。またバンジャールから別途で食料品の支給が有るようです。これで飢え死には免れます。

経済的なことだけが心配と言えばもちろん心配なのだが、まあ、今のところはまだ大丈夫なので、この、ゆっくりとした、穏やかと言ってもいい規則的な日常が一体いつまで続くのだろうかと思いつつ、明日はどこを徹底的に掃除しようかと考えている。

日本の家族や友人に、当分は会えない、と確定してしまうと悲しいのだが、今はとにかく無事に生き延びて、対面で笑いあえる日を念頭に、日々の生活を送ることとしよう。



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ZOOMでのオンライン・クラスに参加してみてる4月前半。

4月13日。
曜日感覚もなくなってきそうだけど、月曜日ですね。
かろうじて子供たちの学校のオンライン・クラスがあることで、ああ、月曜日なのね、と。

外出自粛の生活も3週間。
毎日、時間が有るのできっちり自炊をし、家事をし、そして今まで手をつけれなかった部分の大掃除を、順番にやっています。みんな似たような感じかな。あ、オフィスに行かねばならないお仕事をしている人は大変だろうなあとお察しいたします・・・。ここ二十年近く、自宅職場なので、通勤から解放されていて、「通勤」がどれだけストレスだったか噛みしめています。

残りの時間は、サンスクリット語の祈りのシュローカのオンライン・クラスを視聴して、勉強したり。
息子の練習につきあって、ピアノを弾いてみたり。

圧倒的に運動不足で食べるだけなので、毎夕、近所の田んぼに散歩に行って、楽しみにしていてくれる人も居るので、SNSに上げたり。

バリ島の感染拡大状況は、「じわじわと」といった感じです。毎日、すこしずつ感染者が増えていきますが、死亡者は初期のころの二名(二名とも外国人)だけ。
ただ、住んでいる地域の近くでも感染者が出始めています。

道路や敷地の入り口に消毒液をまいたりしてますが、やはりここは人の移動の制限と、各人の手洗いの励行にかかっていると言えるでしょう。

おそらく日本よりは、人の移動は少ないです。一番の産業である観光業が今はCLOSE,STOP状態なので、宿泊業も飲食業も、閉めているところが多く、通勤、登校者数が圧倒的に減りました。
バリ島の経済状態は、今、機能停止寸前。
日々の生活にかかわる部分ではまだ営業していますが、今後、一体どうなっていくのか、予測がつきません。農業従事者が多いであろうと思われていますが、それはもはや過去の話で、今や自給自足率はかなり低いのです。

しかし、日は沈んではまた昇り、自然の営みは止まることなく、私たちの生活も止まることなく時を刻んでいます。

各自の好きなことに没頭できる、貴重な時間を得たという側面もあり、今のところはまだ平穏に日々は過ぎています。

そんな中で、今日は私は、明日のカジャン・クリウォンに備えて、お供え物の準備をしました。

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カジャン・クリウォンの日には、各祠に供えるお供え物の他に、地面に供える、「スゴハン」※画像と呼ばれるお供え物も準備します。

姑が段々と体が弱ってきて、こういう準備にも体力がもたなくなってきました。
この先、私たちが後を継いでいかねばならないので、出来るだけ色々教わっておかなければ・・・。

 生まれた時からのこういう、バリ人のような信仰を持たない私にとって、延々と続く宗教行事とそれに纏わる準備は、時に苦痛でした。
それは、「自分が何をやっているのか分からない」つまり、自分が何に対して祈っているのか分からない、という、そのことへの苛立ちからくるものでした。

その苦痛から逃れたい一心で、「根本的な事」を学びたいと思うようになり、そして、巡り巡って、サンスクリット語でヴェーダを学ぶ、という機会を得ました。
そのことは、本当に幸運なことだと思っています。

先日、Medah Michika先生のオンライン・クラスで、「bhaja govindam」というシュローカを勉強しました。これは、音も韻を踏んでいるようで、謡って(唱えて)いても楽しかった。内容も、とてもいいのですが、私はその内容を説明できる立場ではないので、ぜひ、ちゃんとヴェーダ―ンタの先生に習われたらいいと思います。
人の一生(人生)の真理を流れるように説いた美しいシュローカ集です。
オンライン・クラスの途中で、突然涙が出てきた一節がありました。音声も映像もオフにしていてよかった(;'∀')
最近、こういうことよくあります。お供え物終わって、家寺でお祈りしてる最中とか。
うまく文章にできないので書かないけど、何かちょっと糸口が見つかりかけた、とか、再確認した、とか、そういう時に涙が出て来るようです。
これも、お祈りに対する姿勢が変わってきたからだと思っています。

「祈り」とは自由意思を使ってする行為であるがゆえに、必ず結果を生む。-「祈りの理論&サンスクリット語の祈りのことば Medah Michika著」-

行為とは行動。行動した後には必ずなんらかの結果が生まれる。
悪い結果を起こそうとして行動する人は居ないのに、行動する前によく考えて識別しないから、変な結果を引き起こしてしまう。
そのあたりのこと、そのあたりの混乱が、ちょっとずつちょっとずつ、解れてき始めた気がしてるので、この長引きそうな隠遁生活中に、もっと掘り下げようと思います。

自分の事だけ考えるのはもう終わり。

4月3日金曜日。

昨日、今日と、一歩も家から出ていない。買い物もせず。
ネットバンキングで各種支払いも出来るし、今のところ食料もあるし、あと三日くらいは買い物せずとも大丈夫かな・・・

病気で寝込んでいる時はもっと長く、一歩も部屋から出ずに過ごした。
最長一か月、一歩も出なかったことがある。
一回目のデング熱の、退院後だ。

いや、その前、息子を妊娠中、早期破水で二か月以上、絶対安静で寝たきりだった。
バリ島に住みだしてからは結構こういうことがあったな。


日本では、少々熱が有っても、体調が悪くても、昼休憩に点滴受けながら仕事に行っていた。
「体調不良」は休む理由にはならなかったし、理由になるとも思ってなかった。
しんどかった。
もちろん、辛かったんだよなー、あの時は。と、今にして思う。

でも、あの時はそれに慣らされていたというか、麻痺していた。

一つ言うと、「仕事だけしていればよかった」というのもある。
全ての不調と不整合は「仕事だから」の一言で終わり。日常の生活がちゃんとできないのも、「仕事だから」仕方がない。

しかし、今は違う。「日常の生活をちゃんとしないといけない」のだ。

決まった時間に起きて、身と場を清めて、お供え物してお祈りして。ご飯の用意してちゃんと食べて、家族のケアをして、ちゃんと寝ること。

場を清めるの中には、家の修繕や敷地の植物の世話、家族のケアには家畜の世話、ちゃんと食べることの中には、食べるものを育てることや収穫すること、も含まれる。

ちゃんと生活しようと思ったら、結構時間がかかる。それ以外の「仕事」をしている時間なんて、ほんのちょっとしかない。

日本の、近代経済主義社会では「ちゃんと生活する」ためには現金収入が必要で、そのために「賃仕事」をしなくてはならず、そっちのほうに時間がとられ、いつの間にか「仕事」だけの日々、「仕事」だけの人生になってしまっていた。

そんなことを、バリに通いだしてから気づき、バリに生活の場を移してから、実感するようになった。

なのに、時間が経ち、インドネシアの経済成長とともに、バリ島にもバブルが到来、泡を追っかけてるうちに、いつの間にか「仕事」を追っかけ始める生活に戻ってしまっていた。

今回のコロナ・パンデミックは、全てをいったんストップし、また「日常の生活をちゃんとする」日々に向き合うことを、私に強いてきた。

なので、毎日の生活をちゃんとすることを心掛けている。

毎日、家族と一緒に、家族の様子を見ながら、その日やるべき「生活」をする。
退屈してる暇は全然ない。
あっという間に夜が来る。

考えたら、家族と過ごすより、他人と過ごす時間の方が多かった私の生活。
だから、今は家族とずっと一緒に過ごす時間が、全く飽きないし、苦でない。
家族と過ごすことは楽しいんだ、と、半世紀生きてやっと実感している。

「感染するかもしれない、感染させてしまうかもしれない」という不安さえなければ、特に苦痛ではない今のおこもり生活である。

人間、慣れれば、どんな環境にも慣れてしまうものであるが、どのような環境が、自分と、自分の周りの人々「家族」にとって一番よいか、という事を第一に、ちゃんと自分の頭と体で考えて、選んでいかねばと思う。



自粛措置延長の、3月末日のバリ島。

今日で、激動の3月が終わる。
なんという3月だったことか。

子供たちは二人とも3月生まれなのだが、今年ほど何もしてやれなかったお誕生日は無かった。

バリ島は外出自粛措置の延長。
いつまでかははっきりしないが、学校は5月末まで休校ではないかという話。
とりあえず自粛措置は4月末くらいまで、ということで、いよいよ閉めるレストランやお店が増えた。ローカルのワルン(よろず商店)は開けているとこも多い。コンビニとスーパーは開いているが、営業時間短縮だそうだ。
パサール(市場)も、大幅営業時間短縮。

昨日、夜8時前くらいに、ちょっとだけバイクでセントラル・ウブドまで行った。
道中の道が暗く、怖い位であった。交通量も恐ろしく少なく、それ故に走っているバイクはみんな猛スピード。お店もレストランも、殆ど閉まっている。観光客の姿も、一桁。

異様な観光地の姿だった。
ローカルの人々の姿が少ないのが、事の異常さを語っている。

しかし、昨日は、「デング熱対策」のための、蚊の駆除剤散布、という一大イベントが村で行われた。みんなすることが無かったので、ここぞとばかりの大騒ぎであった。
フォギングの機械、バズーカみたいな噴霧器の後を、マスクをした子供たちがついて回る。吸い込んだら身体に悪いと思うのだが、煙と追っかけっこするかのごとく、走り回る。
各家々をくまなく回ったので、久しぶりに賑やかであった。

そう、今、バリ島ではデング熱も大流行なのである。

私、次罹ったらもぅ、絶対やばいやつ。

コロナとデング熱の初期症状の区別がついてないんじゃないか、と思われるフシもあって、今後のますますの混乱が予想される・・・

明けて今日、学校の休校延長が決定し、子供らはオンラインで授業。
そして、今日は初めて、ピアノのレッスンをオンラインで。

いや~。
凄い時代だなあ。
家に居てもこうやっていろいろ出来る。

でも、でも。

やっぱり実際に出かけて、人と会って、お喋りしたり、五感で、全身で、味わったり楽しんだり感じたり、したいなあ。

いつかきっとその日が戻ることを信じて、今は Stay at Homeです。

とはいっても、細々とした買い物をしに、出かけてしまう私。
娘は怖がって外出したがらない。息抜きしたくないのか?と思うのだが・・・

だが。
今日はビンタンスーパーに行った。相変わらずほとんど欧米人が買い物してるのだが、みんなが触った後の商品・・・レジ・・・・そして雨宿りでの彼らの距離の近さ・・・マスク率低いよね彼ら・・・そんでタバコ吸ったり大声で話したり・・・という状況を見て、ビンタンスーパーに来たことを激しく後悔した。

レストランも観光地も、どこも開いてないのに、ここに滞在していて楽しいのだろうか。外出自粛措置が続いている事は知っているであろうに。子連れも結構居るのだが、なぜ帰らないのだろうかと素朴な疑問が湧く。

そして、さきほど、インドネシアは外国人の入国とトランジットを全面禁止にした。オーストラリアは自国民に対して帰国勧告を出した。

さて。

これからどうなる。



自粛モード2週間@バリ島ウブド

 個人的には3月17日から始まった一人自粛生活。
体調が悪かったのと、ニュピだったのと、その後の外出禁止→自粛要請の流れの現在。

 この二週間弱、数えるくらいしか買い物で外に出ていない。

 考えてみたら、我が家は自宅で自営、旦那は輪をかけた出不精・おうち(の庭)大好き人間なので、普通の日常と何ら変わらない生活を送っている。

 食べるものは主食の米中心の、お粗末なものにならざるを得ないが、まあ今のところ特に不便もなく過ごしている。

 子供たちは二人とも、期限の見えないオンライン・スクールだが、段々曜日感覚がなくなり、昨日(土曜日)は息子が寝坊して、課題提出に遅れて、ギャン泣きしていた(笑)
親が死んでもここまで泣き叫ばないだろうと思われるほどの泣きっぷりで、「そんな真剣に課題せんでよろしい!」「熱出て体調悪い、って言い!!」と、家族にさんざん怒られていた。
生真面目なんだな。息子。

 娘は私が寝込んでいた時は、せっせとジンジャーティーを作っては飲ませてくれたり、お粥を持って来てくれたり、部屋を完璧に掃除してくれたり(これは一度だけ)と、良く助けてくれて、本当に娘を産んどいてよかったと思った。

 二人とも学校の勉強については非常にまじめで、私自身と旦那のその年頃を振り返っても、一体誰の子かと思うくらいの勉強家である。

 しかし、ティーンエイジャーのご多分に漏れず、家の手伝いなどは非常に怠け者だ。
娘も、私が倒れている時こそ「しっかりしなきゃ」スイッチが入るらしいが、私が動き出すと途端にナマケモノモードだ。

 バリの家庭は朝早くが忙しい。涼しいうちじゃないと暑くて無理、というのが一番の理由だが、朝イチでご飯を食べる前に、お供え物をするために、敷地内の清掃をまずする。そのあとすぐご飯を炊いてお供え物をし、その日の料理の準備に入る訳だが、一人で全部はもちろんしんどいので、年若いものが大体は掃き掃除、テラスの床拭きなどをやるのが我が家の伝統だった(らしい)。
 私も最低限、家寺の掃き掃除、テラスの床拭き、お供え物の支度とお供え物は毎日していたが、寄る年波に加えて体調不良、しかも子供たちは今、学校が長期の休校なのであるから、もう子供たちにバトンタッチしていきたい。

 のだが、ま~がきんちょどもは学校が無いと朝、起きない。

 オンライン授業も時間が決まっているので、その間声かけないで!と言うし、じゃあ時間見てやってや!と言っても「疲れた」と言って中々体が動かない。

 ある日とうとうブチ切れた私が、「家の手伝いもしないんだったら学校なんかやめてしまえ!」と、バリ人の伝統的怒り方をしてしまった(笑)

 娘が「じゃあもう学校なんか行かない!いい成績も取らない!」と、これまたティーンエイジャーらしい反抗してきよったので、
「ダドン(お祖母ちゃん)を見てみぃ!家のことが忙しくて、昔の人は学校も行かせてもらえんかったんやぞ!あんたらは全て保証されて保護されて、学校優先で普段は家のことは一切させてない。でも休みの時くらい、お爺お婆パパとママをちょっと手伝うくらいしやがれ!!」
と、中高時代の私が聞いたら「また始まったダサい説教が」というような事を、子供たちに向かって喚いているのであった。

 子供と一緒に居ると、時に「あ・・・・デジャヴ」と思うことがよくある(笑)

 こんなこと言われたよなぁ・・・自分が親になったら絶対言わんとこ、と思ってたことを、自分が言ってるなぁ・・・

親の心子知らず。

親になってこそ初めて実感する。

 しかし、私と子供たちの何が違うかというと、私は一人だったのに対して、やつらは姉弟で二人なのである。だからと言って二人で歯向かってくるわけでもなく、その点では私よりはるかに大人びているように思う。
姉、弟、子供、孫、という立場をわきまえて、その様に振舞っているのである。

 親(ほとんど私)からの理不尽な言葉に耐え、お互いに小競り合いつつも、やっぱり頼りあって(助け合って)面倒みあっているのが、私には羨ましい。
幼少期から二人で遊ぶことが多かったので、何やら不可解な言語で、二人だけの言葉で遊んでいることが多かった。今でもその名残がある。

 ペットは一匹より複数で飼った方が楽だが、子供もそうである。
と、今の私は実感している。

 3月も末の明日は月曜日、恐らく休校措置はまだまだ続くのであろうが、この、先の見えない不安というのは、ジワジワと来そうで怖い。

 が、昔のバリは毎日こんな感じの毎日だったんだろうなぁと想像すると、もうちょっとは耐えれそうな気がするのである。


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