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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿を始めました。
http://prasanti.web.fc2.com

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一時帰国いたします。

3月29日から4月12日まで、ブログ管理人、一時帰国いたします。

宿は、一応(汗)、通常営業するつもりですが、朝食等、諸々でご迷惑おかけするかと思います。

その上でご宿泊いただけますと、有難く存じます(笑)

ともあれ、4月13日からは全く普通どおりに営業いたします。

宜しくお願い致します。

なお、メール予約も、3月29日~4月12日までの期間、STOPさせて頂きます。

悪しからずご了承下さいませ。

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Life is an offering

P7120621.jpg

今日はまず、本日11日に起こった大地震・大津波の被害に遭われた方々がとにかく無事でいらっしゃいますよう、心から祈っております。

過去にPRASANTIに泊まって頂いたお客様の安否も気にかかっております。
どうかご無事で居て欲しい。



過去に神戸市東灘区で、阪神大震災に遭いました。

その時の恐怖と苦痛は、忘れようにも忘れられないものとなって、私の中に残っています。
今回、災害に見舞われてしまった方々が、どんなに怖い思いをし、どんな苦痛の中に今も晒されているのかと思うと、遠く離れた地にいながら、身をかきむしられるような気持がします。

今後も予断を許さない状況が続くようですので、これ以上の被害・二次災害が広がりませんよう・・・願うばかりしか出来ません・・・





上の画像は、バリ・ヒンドゥーの総本山、ブサキ寺院のメル(重層の塔)と、聖なる山、世界の第3の目に相当するといわれている、アグン山の山頂です。

バリ・ヒンドゥーの宗教観の核となる思想は、寺院にも端的に現れており、この「メル」は、宇宙に屹立する「マハメル山=須弥山」の頂上を現しているのだそうです。

バリ島はよく、この世に捧げられたOFFERING「供物」だと言われます。

花々が咲き乱れる豊かな土地、そして敬虔で信仰深い人々、日々捧げられる供物、線香・・・
まさに、島全体が神々に捧げられた、一個の供物のようです。



うちの家からデンパサール方面に向かう幹線道路沿いの、正装(クバヤやサロンや男性用のウダンなど)用品一式を扱っているお店の壁に、「LIFE IS AN OFFERING」という一文が書かれています。

道路から見えるように、大きく、飾り文字で書かれているその一文が、なぜか頭から離れません。

供物、申し出、提供、捧げもの、贈り物・・・「OFFERING」には様々な意味が有ります。

「LIFE」にも様々な意味が。生き物、生物、生涯、一生、人生、世間、この世、生活、世紀、活力・・・・

どれをどう組み合わせても、意味深い一文だと思います。


LIFE IS AN OFFERING


「この世で受けたこの生は、捧げものである」


今現在、自分が生きているこの人生は、一度きりの、自分以外には生きようもない、代わるもののない、LIFEです。

バリで、私はバリ人達が、毎日、どのように供物に接しているかを、日々見ています。
彼らは、「捧げもの」に生活の大半を費やしています。時間はもちろん、費用も、労力も。

捧げものには、常に最上のものが細心の注意で用意されます。
捧げものには自分が出来うる範囲で最高のものを用意する事に、妥協をしません。
常に新しい、清浄な状態である花々が選ばれ、
特別に用意された果物、犠牲の動物、菓子、椰子の葉が使われます。

捧げものを用意する時は、心身も健やかでなければいけません。
イライラしたり怒ったりしながらお供え物を準備することなど、考えられません。
自分の都合で、お供え物を省略することなどありえません。
落ちた物や、新品でないものなどは、絶対に使われません。

私たちは、「人生」をそのように生きるべきではないでしょうか?

細心の注意を払って、妥協せず、あきらめず、つねに最良の状態を保ち、省略せず、つねに新鮮で、新しくあるように。

そういう風に、生きているだろうか?

自分の生命、人生に対して、「供物」に対する時のような心持で、自分もまたこの世の中に捧げられた一個のチャナン・サリだとして、懸命に美しくそこに供えられているだろうか?


バリでは、供物を供え終わったら、後はゴミとなるまま、打ち捨てられます。

供える事をクライマックスとして、供物を準備し、供える事に意義が有るのです。
後は足で踏もうが壊れようがお構いなしです。

まさに人生とはそういうものではないのか。

生きる、というのはそういう事ではないだろうか。

この世で精いっぱい生き、善をおこない徳を積み、死んで骸を脱ぎ捨てるその時がまさにクライマックスで、そうやって美しく供えられてこそ初めて、人生を完遂したと言えるのではないだろうか。

逆境の最中にあるときも、決してあきらめず、投げず、粛々と、淡々と、精一杯生きていく。

死ぬ、その時まで生きていく。

LIFE IS AN OFFERING

この一文を見るたびに、自分の中のどこかが、ちりちりとするのです。


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