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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿をやっています。
http://prasanti.web.fc2.com

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手で食べる。

 今日は、バリでの食習慣について少しご紹介します。

 バリ人のおうちでは、ご飯は基本的に、家庭で食べますが、家族全員で食卓を囲む習慣は有りません。ご飯は、朝、家族全員分の一日分を調理してしましますので、基本的に時間がかかります。

 なので、朝は、軽く、早朝にお粥か、ほんのり甘い蒸したお菓子とコーヒー、などを買ってきて、簡単に済ませます。
 ご飯を大量に炊いて、サンバルを作り、バソーと呼ばれる調味料を作り、そこから野菜・お肉を料理します。

 ご飯が出来たら、各自、空腹を感じた時に、それぞれに自分で台所に取りに行き、好きな場所で「こそっ」と食べます。
 まるで、食べている所を人に見られると恥ずかしい、かのように、台所や物陰でひっそりと、さっさとご飯を食べるのです。

 「いただきます」に当たる言葉も無く、他に人が居たら、「食べましょう!」と声をかけるのが礼儀です。
 バリでバリ人に「Yuk!makan yuk!makan sama-sama!」と誘われた事のある人も多いのでは?
 これは、バリ人の流儀で、一人で沢山食べるのではなく、分けあってみんなで食べるのがよし、とされているからなのですが、だからと言って、常日頃から来客を想定してご飯を作っている訳ではないので、早々に食べるものが無くなってしまう事もしばしば。

 そんな時は、ご飯だけは炊いて、おかずになるものをちゃちゃっとテイクアウトしてくるか、簡単にインスタントラーメンを作っておかずとするか、外食するか、サンバルと塩と白いご飯だけで済ますか、とにかくまあ、「食」にそんなに重点を置いていない、そんなバリの日常生活です。

 さて。家でご飯を食べる時、基本的に、手で食べます。正確に言うと、右手の浄指3本(薬指と小指以外)で食べます。
が、左利きの人も居ますし、子供や幼児はうまいこと綺麗に食べられないので、5本指で食べる人も居ます。

 元々、上記のように、他人に見られる事を想定して家でご飯を食べないので、そんなうるさい作法も無いのですが、例えば、バリ人の家庭に、冠婚葬祭でお手伝いに行った時に、ご飯をふるまわれた場合、ここでも村の人々と一緒に、手で食べます。そんな場面で、「スプーン貸して下さい」なんて言う人はいませんので、バリで暮らしていくには、手で食べる方法に慣れておかなければ難しい場面もあるのです。

 日本では、「手でご飯を食べる」のは、お行儀が悪いこと、と親に叱られますね。

 しかし、場所が変われば作法も変わる、です。

 「手で食べる」ことの意味として、

 こちらで食べるお米は、日本米と違い、箸で掴みにくいく、べたべたしていないので、手や指にくっつかない。

 外食する際に、出される食器類の衛生に不安がある。自分の手なら自分で心ゆくまで洗えるので、誰が洗ったか(洗ってないか)分からないスプーンやフォークを使わないでよい。

 お肉や魚は、骨がしっかりついた状態で料理される場合がほとんどなので、手で骨を除きながら食べる方が食べやすく、早い。

 という事があげられます。

 いずれも、以前、私が疑問に思って質問したことの、バリ人の答えで、私はこれに非常に納得がいき、家や、フィンガーボウル・手洗い場完備の食堂では、手で食べるのを好んでいます。

 以前は、こんな姿を日本の親が見たら、なんて言うかな?とちらっと思ったこともありました。

 しかし、今では思うのです。

 人間は、食事の際に、器具を使うようになってから、どんどん自然から離れていったのではないか、と。

 物を食べる、というのはもっと大変な事だったはずです。汗水たらして収穫、もしくは捕獲して、食べれる状態にもっていくのにも、一から自分で準備しなければいけなかった。

 スーパーに行けば切り身で、すぐ食べれる状態で食材が並んでいる国なんて、実はそんなに多くない。

 生きとし生けるものは、すべて、他の生きとし生けるものを食ってしか生きていけない。

 それは生きていくための真摯な戦いで、物が口に入るまでのプロセスが本当に大変だった。
 でも、だからこそ、自然に感謝し、余分な分まで捕獲・収穫しなかった。

 そんな食生活だったころは、食べるのに、「手」以外の何をも使わなかったはず。

 苦労して手に入れた食べ物を、素手で味わう。
 両手が使えない四足動物と違い、二足歩行の動物である我々が、手を使って食べる、というのは「犬食い」しない、知恵をもった生物である、という、いわば証でした。

 それがどんどんエスカレートしていき、直截、食べ物に手を触れずに物を食べるようになり、口に入る以前の食べ物の姿を目にしなくなり・・・・

 と、どんどん「いのちを維持するための食事」から離れて行ってしまった。

 繊細な味付けだの、盛りつけの美しさ、だのは、はっきり言って、命を維持するという次元とは全くかけはなれた部分で、食器もそれに属する部分だと、今の私は捉えています。

 物を食べる際に、美味しく食べたい、と思うのは当然のことですが、

 食の安全がまったく脅かされている昨今、ふと、

「手で食べなくなってから、人間の食がおかしくなってきたんじゃないか」

と思いました。

 次代に種を残さない、食べ物、だの、遺伝子組み換え、だの、ブロイラーだの、、聞けば聞くほどおかしな事が続々と。

 311の原発事故による海水、土壌汚染での食べ物への影響しかり。

 自分の土地で自分で作ったものを食べれるのが最高の贅沢、な時代になりつつある。



 そんなことを、今日もお昼ご飯を、手で食べながらぼんやり考えていました。

 あ、バリでも外食の際は基本、ナイフ・フォークならぬスプーン・フォークで食事をするのが普通ですよ。特に麺類や汁物を手で食べる人はおりません故(笑)

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ローカル・ワルン、「MADE ROY」かまぼこサテがあるよ~!

さて、年が明けて1月10日は、サカ歴の「シワラトゥリ」の日。
 
 よく知らないのですが、Lubdakaという猟師が、森で夜明かしをすることになったシワの日に、謀らずも神聖なる瞑想の場で一夜を過ごし、あまたの動物を殺してきた罪を清められる、というお話に端を発するのか、この日は夜通し、お寺を回ってお祈りをするそうで、夜更けまで正装してバイクで道を行きかうバリ人の姿を沢山見かけます。
 大手を振って夜通し出かけられるので、若者たちはこの機会に男女のカップルがデートを兼ねてお寺詣りするのだとか(^^)

 そして1月12日は「サラスワティ」の日。
 
 学問と芸術の女神、サラスワティ(日本では弁財天。ガチョウや白鳥に乗った女神として描かれる事が多い)にお供え物と祈りを捧げる日で、文字に関するものすべてがお供え物の対象に。書籍はもちろん、コンピュータなどに、聖水をばんばんふりかけるので、ちょっと怖い・・・(^^;)

 この日は必ず土曜日で、学生は正装して学校にお祈りにだけ行きます。
 この日は文字の読み書きは一切してはいけませんので、勉強もお休み。

 翌日の「バニュピナロ」の日は、ナシ・クニンという、ウコンで黄色く色づけされた、サフラン・ライスを各家庭で作って食べる日です。 
 いや、本当はナシ・クニンを食べるだけの日ではないはずですが、そのへんの謂われはもひとつわかっていません・・・

 とにかく、この月は立て続けにお供え物を作る日が続きます。

 その、「サラスワティ」の日に、私達夫婦の叔母さんにあたるひとが亡くなりました。

 乳癌で、病院に行ってもほとんど何もしてもらえず、デンパサールとウブドを行ったり来たりだけで疲れたと思うのですが、最後は自宅で息を引き取りました。
 癌が進行しきるまで、誰も知らなかったし、本人も別にすぐに医者に行く訳でもなく・・・。

 バリの村の人々は、今現在でもやはり、そんなに裕福な暮らしをしている訳ではなく、保険制度も無いこちらでは、近代医療の恩恵にあずかれるのは、一部の富裕層のみ。
 また、近代西洋医学にあまり依存していない人々、というのも有ります。
 別に西洋医学を信用していないとか、伝統的なドゥクンという薬草士・呪術医のみにたよっている訳ではないのですが、治るのならなんでもいい、どっちでもいい、という節操のなさもあるのですね。それも、現金がないので、出来るだけお金のかからない方法で・・・

 日本であれば治るかもしれない病気で亡くなっていく人がほとんどです。

 自然と共に農耕で生活を営み、生まれ、通過儀礼を済ませ、生み、老い、そして死ぬ。

 身近な植物や動物と同じサイクルで、バリ人もまた生死を営んでいます。

 日本から来た軟弱モノの私が、どこまでその流れに沿って行けるのか甚だ心許ないのですが、生きる、という事を改めてバリ人から学んでいる最中の私にとって、人の葬儀に関わるあれこれが、一番バリらしさを感じるのです。

 と、いきなりシリアスな話題で始めましたが、私達バリ人の家族が、普段一体どういう食生活をしているのか、というのがテーマだったんですよね(^^;)

 バリ飯、とは旅行者の間でよく聞かれる言葉ですが、一般に、バリの家庭で食べられる、スパイス一杯の家庭料理のことですね。
 料理自慢のお母さん達が、ワルンを開いて、ナシ・ブンクスとして売り出したりして、ローカルの人たちには普段から食べるものなので、どこが安くて多くて美味しいか、というのは常に話題です。

 まあ、家で食べる事が多いので、いかに一日お金を使わず過ごすか、というのが、バリ生活の基本なのですが。
 おかずがなんにも無い時があります。
 面倒くさくて、そのまま、白いご飯にサンバルだけ、とか、そんな時も(笑)
 日本で飽食の時代に育ってきた私には、最初は「え~っ!!」という食文化でしたが、年取ってきたのか、最近、それで十分な感じで(笑)

 そんなバリ人の、外食にかけるお金と言うのは、今現在、一体どんな感じなのでしょうね。

 もちろん、一概には言えません。外食にお金をかけるなんてほとんどしないのが大半だと思って間違いないくらいですが、若者がデートするときや、仕事の合間に外食、と言う時はみんな一体どこに行くのでしょう。

 ウブドだと、マンガ・マドゥやワルン・ミナなどが、ローカルの皆さんにでも賑わうワルン・レストランでしたが、今はもっと変わってきているのかもしれませんね。
 旅行者にも有名なナシ・チャンプール屋さんは勿論のこと、サテ・カンビン屋さん、パダン料理、バッソー屋さん、みんな賑わっている所は賑わっていますね。

 大体、ローカルの人が食べるナシ・チャンプールで、平均10,000ルピア、ってとこでしょうか。10,000ルピアだと、ご飯もおかずも、がっつりです。

 今でも、ナシ・チャンプール3,000ルピアや5,000ルピアで売っている所は沢山あります。
 私がよくお昼ご飯を食べるのは、子供の学校のまん前の小さな小汚いワルン(笑)小さめだけどちゃんとおかずも揃ったナシ・チャンプールと、ぺぺスと呼ばれる蒸し焼き系のおかず各種、それぞれ1,000ルピアを好きなだけ追加して食べますが、飲み物と合わせてもいつも10,000ルピアほど。
 容赦なく辛いですが、美味しいです。
 正午12時に下の子を迎えに行く15分ほど前にこのワルンで、ちゃちゃっと昼ご飯を食べます。

 まあ、家のご飯と内容はそんなに変わらないのですが(^^)
 
 今日はなんだか前置きがとてつもなく長くなってしまいました。
 
 ご紹介したいのは、時々、旦那と二人で「ご飯食べにいこか」と行くワルン。子供達には辛いので、二人でよく行きます。

 パンタイ(海辺)にはよくあるスタイルの、魚のサテと、魚のつみれスープ、そしてナシ・セロ(さつまいもご飯)のワルン、「Warung Makan MADE ROY」


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こーんな感じの、ちょっと旅行者だと入るのを躊躇するかもしれない店構えのワルンです。

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 店内も、典型的なワルン!簡単な机といす、机の上には飲み物のボトルがずら~っと並んでいて、メニューも無い。

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 じゃ~ん。美味しそうでしょ?魚のサテ。つくね状なので、日本人にはうれし懐かし、まさに蒲鉾!
 やはり日本人、この風味はDNAに刻み込まれています。
 あ、ただし辛いです。
 ビールがあったら言う事なし!!あ、お店にビール、あったと思います。

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 このお店の基本のメニューはこれ。多分、選んでもいいのでしょうが、これがパケットです。魚のサテ、魚のバッソースープ、軟いのラワールと、魚のぺぺス。そして、ほんのり甘い、さつまいもご飯。
 言っておきますが、激烈に辛いです。汗をしたたらせながら食べるのです。お伴に甘~~~~いアイスティーか、オレンジジュースをどうぞ。

 アイスティー(因みに、タンパ・グラ=砂糖抜きで、って言っておかないと、死ぬほど甘いアイスティーで出てきますのでよろしく)と、このセットで18,000ルピア。
 このくらいの値段だと、心おきなく旦那に出させられる(笑)。

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お店の外には、サテを焼く、マデ・ロイおじさんと、この看板がございます。

場所は、メインストリートからJl.Sugriwa、ジャラン・スグリワに入ってすぐの右側。

 辛くて美味しくて、魚。そんなワルンをお探しの時は、海辺まで行かずとも、ぜひここ、ワルン・マデ・ロイへ!


 さて、今月16日には「パゲルウェシ」の日。お供え物作りの日々は続きます。

明けましておめでとうございます!2013年

otafuku


2013年、明けましておめでとうございます。
旧年中は、PRASANTIをご愛顧戴きまして、まことに有難うございました。
新しいお客様、再度お越しいただきましたお客様、皆さまにPRASANTIでお会いできることを励みに、昨年中も頑張って参りました。
相変わらず4部屋のみの小さな宿ですが、この場所で、出来る範囲で皆さまをおもてなしすることを第一に、今年も寛げる宿を目指して、頑張って行きたいと思っております。

本年も、何卒お引き立てのほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

皆さまの健康とご多幸を、バリの空の下から祈っております。



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2013年1月1日・元日、プリアタン王宮にて、子供達の歓迎の舞。

迎春。


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