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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿をやっています。
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Siwa Ratri シワラトゥリ@バリ島

バリ島では、年に一度、一月中に、シワラトゥリの日があり、学校はお休みになります。

この日は寝ずに朝までお寺巡り、お祈りをするバリ人が多く、若者は連れ立って出かけます。目的はお祈りですが、堂々と夜通し出かけられるので、カップルも多いです(笑)。
シワラトゥリの謂れ、意味を、転載ですが、集めてみました。

バリ島とインドのそれとは、日もちょっとずれるのですが、ご本家インドのシヴァラ―トリの記事があったので、転載。以下↓
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シヴァラートリとは「シヴァの夜(ラートリ)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリは、毎月、満月から14日目の夜にあたります。しかし、特にパールグナ月(2月~3月)のシヴァラートリは、マハー・シヴァラートリと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。
シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

パールヴァティー女神とシヴァ神が結婚した日は、このマハー・シヴァラートリの日であるとも言われています。
またシヴァ神がタンダヴァの踊りを舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

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次はウィキペディアから。

マハー・シヴァラートリはシヴァ神の威光を称え毎年開かれている。単にシヴァラートリと呼ばれることもあるが、厳密には年に12回催されるシヴァラートリのうちで最も神聖な日取りに執り行われるものがマハー・シヴァラートリと呼ばれる

日取りは太陰暦に基づき、ファルグン(Phalguna)のクリシュナ・パクシャ(Krishna Paksha)、チャトルダシー(Chaturdashi)に執り行われこれはグレゴリオ暦の2月か3月にあたる。色々な説があり、ある説によると、この日はシヴァがパールヴァティーと結婚した日と考える、シヴァとシャクティの習合を物語る行事と見る、又ある説によると、この夜にシヴァ神が宇宙の創造、維持、破壊のダンスを踊ったと考えている、又ある説によると、シヴァ神が、サムッドラ・マンタン(牛乳の大海の攪拌)の時に現れた毒、ハラーハラ(Halahala)あるいはカーラクータ(Kakakuta)を飲み、彼の喉にその毒を留めて、宇宙を救ったと考えられている。それ故にシヴァ神の喉は青くなり、ニーラカンタ(Nilakantha)と言う名で呼ばれるようになった。

お祭りは、この夜が、シヴァ神を通して、自らと世界の「暗黒と無知を克服する」夜である故に、ジャーガラン(夜通し寝ないで、起きていること)をし、お祈りをすることが含まれる。 この日、信者達は、ヴェーダあるいは、タントラに基づいたお祈りをしながら、果物や、ビルワ(Bilva,アエグレ・マルメロ、Aegle marmelos、Bael)の葉、お菓子、そして牛乳をシヴァ神に捧げる。信者の多くはシヴァラートリの儀式が終わるまで(朝から次の日の朝まで)断食(完全な水も飲まないものから、水だけを飲むもの、あるいは水と果物だけで、御飯は食べないなど色々な形の断食)を行い、瞑想をする。シヴァ神のお寺では、聖なるシヴァ神のマントラ、「オーム・ナマ・シヴァーヤ(Om Namah Shivaya)あるいはオーム・ナモー・シヴァーヤ(Om Nomo Shivaya)」、すなわちパンチャークシャラ・マントラ(Panchakshara mantra)を一日中唱える。

この日は北半球の星の並びが良い作用を及ぼし、人々は容易に精神の力を高めることができるとされている。そのためマハー・ムリティュンジャヤ・マントラ(Mahamrityunjaya Mantra、死を克服する偉大なマントラ)などのような古代より伝わるサンスクリットのマントラによる効力が極めて高まる日でもある

マハー・シヴァラートリではニシタ・カーラ(Nishita Kala)がシヴァ・プージャ(礼拝)を執り行う上で最も理想的な時間帯とされている。シヴァ神がリンガの形を借りて地上に顕現した時間だとされており、最も縁起の良いリンゴードバヴァ・プージャ(Lingodbhava Puja)が執り行われる。

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次に、バリ島のシワラトゥリのお話をご紹介しておきましょう。
娘が学校で習ってきた話に、旦那の捕捉が入った程度なので、本当にこんな話なのかは謎ですが(笑)。
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Lubdakaという猟師が居た。ある日、森へと狩りに出かけたが、その日は全く獲物が獲れず、手ぶらで帰るのは妻に申し訳ない、と、Lubdakaは森で一晩過ごす羽目になってしまった。
地上で寝ると、虎に食われてしまう恐れがあり、木の上で寝ると、眠っている時に落ちてしまうかもしれない、ということで、彼は一晩じゅう起きている事にした。眠りこまないよう、彼は、木の葉っぱを1枚ずつ下に落とし、数を数えていることにした。
 丁度、その樹の下では、シヴァ神が瞑想修行を行っている最中であった。その樹の葉は、シヴァ神を讃える為の葉で、Lubdakaは期せずして、瞑想するシヴァを讃え、ひいては自分もシヴァの瞑想に同調し、自分も瞑想修行をするのと同じ状態になったのであった。
 この瞑想修行がシヴァに届き、Lubdakaは知らずのうちに、シヴァから恩寵を与えられたのであった。
 さて、一晩明けて、手ぶらで家に戻ったLubdakaは、前日に妻が用意しておいたご飯を食べたが、それは一晩のうちに傷んでおり、それが元で、Lubdakaは死んでしまった。
 だが、シヴァ神から、森での一夜の後、恩寵を受けていたLubdakaは、生前に狩猟で幾多の動物を殺した罪が浄化され、天界へと昇って行ったのでした。

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もうひとつ、もっと詳しいバリ島シワラトゥリの説明。

シワラトゥリ(Siwa Ratri/ Siwa Latri)は、‘シワの夜’という意味である。何故ならその夜に、ヨガをしているサン・ヒャン・シワとして神が姿を変えて現れるからだ。この聖夜は、第7の月プルワニン・ティラム・サシーの日に訪れ、ヒンドゥー教唯一神サン・ヒャン・ウィディ・ワサを前に、これまでの罪を懺悔する為の日となる。シワラトゥリは、又の名を、罪を溶かし失くす夜とも言われる。

シワラトゥリは、下記の行為から成り立つ;

1. ウタマの行為:
* モナブラタ(沈黙・誰とも会話をしない)
* ウパワサ(飲食をしない/断食)
* ジャグラ(眠らない)

2. マドゥヤの行為:
* ウパワサ(飲食をしない/断食)
* ジャグラ(眠らない)

3.ニスタの行為/これだけをする:
* ジャグラ(眠らない)

バリ島では、シワラトゥリは、時の高僧ンプ・タナクンによる話、‘ルブダカ物語’と関係がある。

ルブダカは、森で熊や獣を追って殺す狩人として描かれている。ある日、熊を捕らえる事も出来ず、夜になってビラ(ベルノキ)の木に登った。落ちて獣の餌になるのが怖いので、眠気を覚ます為に、彼はビラの葉を摘んで、一枚一枚下の池に落とすことにした。実際には、池のほとりにはヒャン・シワが鎮座する祠があった。ルブダカは、シワからの恵みを与えられ、死ぬ時にはそのまま天国へ召された。彼がそれまで犯した罪は、その晩寝ずにいたために、全て帳消しとなった。

このルブダカ物語から、我々は次のような解釈を得る:
狩人ルブダカは、現状に満足できず、欲を追い続ける我々そのものであると解釈できる。彼は常に、学問や知識を追い続け、美徳を追い続け、良い性格を追い続けた。だからこそ、彼は獣を殺す事ができなかった。殺されるべきものは、欲深い心、サッドリプ(6つの煩悩=性欲・強欲・怒り・混迷・泥酔・嫉妬)、美徳の教えに反する全ての行為である。

‘自身の中の獣の性質’ 全てを殺し終わった時、彼は熟考した。彼は、やたらに喋る事を止め、断食をし、最も暗い夜に一晩をかけて瞑想した。摘み取ったビラの葉と、それを一枚一枚落とすことは、神を讃えるマントラを唱えては、一粒ずつ繰り出す数珠玉と同じで、108回目で神からの恵みを与えられたのだ。その恵みとは、心の静寂であり、物質とは切り離された人生の幸福である。彼は、高い精神レベルに到達したのだ。そして、この世を去る時、彼は精神的な旅立ちの準備をした。ルブダカは、誰もが描ききる事のできないあの世、簡単に言えば天国での静けさを得たのだ。

このように、シワラトゥリの日は、一年の内最も暗い夜、シワの夜に熟考を行う日である。自身を覚醒させながら深く熟考すること、良く吟味した言葉だけを話すこと、断食すること、瞑想し何度も祈りを繰り返す事。我々は、いつこの世を去るか分からない。早いから、と、それを止める力も無い。

我々はかつて、シワの夜、シワラトゥリの日に熟考の一つをした事がある。人間ならば、長生きをし、次のシワラトゥリも、その次のシワラトゥリも経験することができるだろう。もし、毎年心を鎮め、深く熟考することができるなら、これほど幸せなことは無いだろう。

via Cerita Rakyat Pulau Dewata より

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Medah Michika先生に学ぶヴェーダーンタとサンスクリット語の世界~バリ島vol.4~

今年も開催、Medah Michika先生に学ぶ、サンスクリット語によるヴァガバッド・ギーターの世界。
日程が決定いたしましたので、お知らせさせて頂きます!
自然とともに共存する、バリ・ヒンドゥー教の世界の中で、この聖典に触れることは、今後の人生において忘れがたい経験となるでしょう。

日程:第一部 2020年7月21日~7月25日(ヴァガバッド・ギーター2章39節~72節
       ※以前に第1章と第2章の主要なシュローカを勉強しましたが、今回は第2章の後半で展開されている、「精神的成長を得るための世界の関わり方、自己の本質について正しく知る人の生き方」について、シュローカのひとつひとつを詳しく見て行きます。

   第二部 2020年7月27日~7月31日(ヴァガバッド・ギーター4章) 
       ※第4章では、アヴァターラについてのトピックから始まり、人間を縛っているカルマの本質について教えが展開されます。

時間:午前11時~午後1時 前半
   午後1時~1時40分 休憩(軽食)
   午後1時50分~午後3時50分 後半
場所:PRASANTI Bed&Breakfast
 
 ※時間は暫定です。変更になる可能性がございますので、ご了承くださいませ。
 ※今回は定員人数の都合上、専用フォームでお申込みいただきまして、選考の上折り返しご連絡という形をとらせて頂きます。
 当Prasanti Bed&Breakfastで足り無い場合の宿泊先は、今回は私・宮地が手配させて頂きます。徒歩圏内でなるべく近くで探したいと思います。
また、二名の相部屋でも構わない、という方がいらっしゃいましたら 大歓迎ですので、お申し出くださいませ。

参加費会場運営費1日20,000ルピア + 先生へのダクシナー

伝統に従って受講料などは設定しておりません。
 ① 運営費は主催者へ
 ② 軽食費用は厚意によりスポンサーしていただき
 ③ ダクシナーを希望される方は直接先生へ という形になります。 

※ダクシナーとは:ヴェーダ、ヴェーダンタの知識と教えの伝統に対して、尊敬と感謝 の気持ちを育て、それを表現する方法です。 伝統の教えの中に、自分が見いだせた価値観を、表現する方法とも言えます。このダクシナーという方法により、ヴェーダ、ヴェーダーンタの教えの伝統に対する、先生と生徒のあるべき正しい姿勢は守られてきました。 ダクシナーは封筒に入れて、クラスの最後に先生に直接手渡ししてください。
 また、休憩中にお出しする軽食を「アンナ・ダーナ(食事の無償提供)」にしたいと思います。スポンサー(食事代の寄付をすること)を希望される方は、主催者にご相談ください。

 ※会期中、会場で供される食事は、全てピュア・ヴェジタリアン食(動物性たんぱく質、五葷、キノコ類抜き)とさせていただきます。会場に乳製品を除く動物性食品の持ち込みはご遠慮ください(肉、卵、出汁、エキス等含む)。
お菓子をご持参いただく場合は原材料のご確認をお願いいたします。 

【Michika先生より】私個人の願いから、私の勉強会で集まったダクシナは、日本とインドで健全で豊かな社会づくりに貢献している団体、そして私がお世話になった先生方への寄付に使われています。

 ※アヒンサーの観点に則り、全ての生き物を傷つけるような行為をお控えください。
 ※食物アレルギーがある方はご予約時にお知らせください。

お申し込みはこちらから!
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

今年も、皆様と一緒に素晴らしい学びのひと時を持てますように。
ご参加をお待ちしております!



バリ島でデング熱、過去の覚書まとめました。

デング熱に関する覚書を、残しておこうと思い、FBでの過去の投稿をリライトして載せときます。
今後、バリ島で誰かのお役に立つかもしれないので・・・

初めてデング熱にかかったのは2014年の9月アタマでした。この時は出血性で、9日間の入院。
以下は退院後の投稿。


日本でも患者が出て騒ぎになってるデングですが、気になった事を覚書で。
発症は刺されてから4〜7日。抵抗力が落ちていると発症しやすい。
熱は最初にガタガタ震えが来る程寒くて、その後、高熱。まさにkebus dingin。
体の痛み、半端ない。
デングかも!?と思ったので、解熱剤を使うのが怖く(発熱と不快感を抑えるためにパラセタモール(アセトアミノフェン)が使用される一方で、イブプロフェンやアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬は、出血のリスクをさらに増加させるおそれがあるため用いられない)、何か使ってはいけない解熱剤があった、という知識しかなかったので、病院での検査を待つ。
発熱して半日後に血液検査、この時点でポジティブ。だが、扁桃腺が真っ赤に腫れていたらしい。白血球、血小板ともまだまだ良好だったので、扁桃腺による高熱かデングなのか様子見、二日後に再血液検査。が、結果を待たずして、先日終わったはずの生理、つまり出血が。→すぐに入院、これは生理ではなく、デング出血熱による出血。
デングウイルスは4タイプあり、うち二種類が出血熱、残り二種類が普通のデング。
一度罹った型には抗体ができ、二度とは罹らない。が、ウイルスは常に変化していくため、4回デングに罹ったからと言って、出血熱フリー、って訳にはいかない。
抗体検査で、過去に罹ったかどうか調べる事は出来るが、日本脳炎の予防接種を受けている世代は、抗体の形が似ていて見分けがつかない事も。
三日目、入院した日は少し熱も下がり、全罹患日数中で、一番元気であった。元気だったから起き上がってデンパサールの病院まで行けた。この時に行っておいてよかったと思う。
入院から7日間、点滴しっぱなし。解熱剤と止血剤、その他の薬も全部点滴で入れる。
熱がずっと続く。
入院翌日に、トイレで倒れそうになり、その後は、ベッドで用を足し、全く動けなくなる。五日目、六日目、七日目は辛かった。
血小板値も七日目が32まで落ちて、幸い出血は止まったものの、点滴を差し替えた右手がパンパンに浮腫んで痛い。
例の赤いブチ模様もお腹や背中、手脚に出る。
8日目から数値が徐々に上がりだし、きっちり10日目で退院ε-(´∀`*)ホッ

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お見苦しいですがその時の紅斑点が出た手足です。

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ほぼ全身に出たと思います。

※インドネシアではデングのとき、グアバジュースを飲めばいい、とよく言われるが、それはあくまでも、生絞りに限るらしい。医師に、ジュースとして売ってるやつは糖分が多すぎるし、いくら飲んでもあまり意味ないから、水にしておきなさい、と言われた。
生のグアバの実(赤がいいらしい)があれば、それを絞って飲ませてあげると良い。
全く食欲ゼロだったが、点滴してるしまあいいか、と無理には食べなかった。味覚障害も出て、何食べてもしょっぱさしか感じなかった。

※あと、出血熱かどうかは、蚊のタイプが特定出来ないので、最初は分からない。
が、三日目、四日目くらいで急激に体が動かせなくなるので、そうなる前、出血が始まる前に、病院に移動しておくべきだ。
出血性で無ければ家で寝てても治るが、出血性に移行した場合、血小板値も急激に下がると、本当に命に関わる。
なので、急な高熱が出たら、少なくとも半日後に血液検査、病院に行くべきです。そして、大事を取って入院するに越したこたあ有りませんよ、皆様。

いや~今思い出しても辛かった。デング熱は、英語で別名 Break bone fever というらしく、その名の通り、骨の砕けるような何とも言えない全身痛が特徴。
次はその後、3か月後くらいからものすごい量の抜け毛が始まった話

気になって、デング熱、抜け毛で検索したら、一杯出てきた!
やはりデング熱後、1か月~3ヶ月くらいですごく抜け毛が酷くなるらしい!!
で、腎臓の機能が落ちていると抜け毛が酷くなる。デング時の諸々、肝臓・腎臓にすごい負担がかかったであろう・・・
あと、デングとは関係ないけど肺機能が弱い人は白髪になりやすい!!まさに・・・。

デングウイルスは、7日ほどで体外に出ていくが、その時に肝臓を傷めるらしい。そのせいで皮膚や目や髪の毛に症状が出る。実際、抜け毛もひどかったが、入院中から退院後も、視力が非常に弱くなった。抜け毛と同じで、時間とともに元には戻ったが。

このあと、2015年に、デング熱か?と思われる発熱があったが、検査せずに収まった。
その翌年の2016年、姑、主人、娘、と順番に罹患。バリ島中で大流行していたので、ウブドでも大勢の人が罹患し、亡くなった人たちも居た。この年、バリ島はデング熱のレッドゾーンに。
娘の後、私もまたデング熱にかかったが、この時は出血性ではなく、なんとか入院せずに乗り切った。以下はその、2016年6月の時の投稿。
さて。最近のデング熱の傾向と対策について備忘録。

今回は出血熱では無かったと書いたが、出血熱かどうかは、純粋にウイルスの型が違う事に起因するようだ。

熱の出方は、一回目の私、先月の娘、今回の私、と共通するものがある。

いずれも、軽く運動した後で、筋肉痛と共に、突然発熱。その時は他の症状は無し。発熱後に喉の痛みや腫れが出る事はあり。
熱が上がってくると共に、全身痛と頭痛。これが特徴。

今回、その前から珍しく便秘気味で、下腹部の鈍痛があった。それが全身痛で増幅されて辛かった。
それと、熱出て2日目に、耐えられない程の手足の重さ、というのを体験した。「死ぬ時ってこんななのかも」とちょっと思った。特に、手がこんなに重いなんて、と怖かったくらい。

3日目に一旦平熱に下がる。ここからが分かれ目。一旦熱が下がってから、また半日後に熱が戻ってくるのが典型的症状で、ここから血小板値が下がる人はどんどん下がっていく。
逆に言うと発熱して一旦平熱に下がるまでの3,4日間は、血液検査しても抗体も出づらく、血小板値も白血球値も標準値内である事が多いので、デング熱かどうかの確定はしづらい。この、待ち、の期間が一番辛いので、我慢できず不安感もピークである。

デング熱の場合、血小板値と白血球値が下がるので、一番分かり易い血液検査では、その2つの値を注意して毎日採血検査である。バリ島はデング熱のレッドゾーンであり、これだけ患者数が多いと、いちいち抗体検査などはしないようだ。勿論希望すればしてくれるし、最初から抗体検査をする大きな病院もある。

私は今回は、家のすぐ近くのプスケスマス、保健所を選択した。身体がキツく、貧血が酷かったので、大きな病院で「待つ」のがシンドいと言うのが理由だ。
元よりデング熱には薬は無い。ひたすら寝て治すしかない。血小板値及び白血球値が下がり過ぎたら点滴による補液。いつ入院が必要になるか、そのタイミングをはかるために、毎日の採血検査が必要。その為だけに遠い病院に行くのも大変なので、近所の保健所へ。
保健所は平日午前中のみ診療。れっきとした医師が複数勤務している。内科が一番大きいが歯科も婦人科も有る。KKという住民票に名前が入っているメンバーは、診療費、薬代ともに無料。血液検査は一回につき5万ルピアだ。
機能はまったく病院だが、設備が簡素ではある。しかし、青空採血(天井はある)ながら、採血も上手く、私のか細い血管用に、子供用の針も用意してくれた。
3日目に熱が下がった時点で、とっとと血液検査に行ったのだが、採血直後に脳貧血を起こして倒れるw直ぐに運ばれて、分娩台の様なものに寝かせて貰って、砂糖水を飲まされる。
一回目のデングの時も、トイレで倒れて以降、絶対安静の寝たきりを命じられたが、これは、ちゃんと食べていない事も原因で、取り敢えず点滴が刺さってない状態の時は、無理矢理でも飲み食いせねば、と心から反省。今回は幸いにも味覚障害も無く、まだ食べれたのでこれ以降、頑張って飲み食いを心がけた。
熱はやはりぶり返し、でも、朝は平熱に下がって、夕方から上がるパターン。高熱ではなく、37度台、高くても38.4度まで。頭痛と体の痛み、腹痛は継続。
最初から解熱剤も使用せず。そこまでの高熱じゃなかったのと、ウィキペディアに、パラセタモールの副作用として、「血小板値を下げる」と書かれていたのが気になって。

1回目の採血、白血球値ノーマル、血小板値は177。

2回目で白血球値も下がり、血小板値も122。あ~下がってきたね〜。明日も絶対下がると思うから、血小板100切ったら入院ね!と言われる。頭痛が酷いのでパラセタモールを3/5錠服用(日本の基準値に従う)。痛みが引いてかなり快適w

3回目、日曜日だったので保健所休みでクリニック・マスへ。この日は朝起きた時に、「あれ。なんか良くなってきた気がする」と思った。痛み系が引いたからか。もしかしたら血小板値も上がってるかも〜♪とすら思う。
そしたら、2上がって124w入院は無し、ちょっと残念。
因みにクリニック・マスで血液検査したら15万ルピア。

4回目、再び保健所へ。白血球値も正常へ、血小板値も147。2回続けて上がったのでもう大丈夫、と相成った。しかし、血小板値の上昇と共に精神的に下降、なかなか、心身ともに健康な状態にはなれませんね(*_*)

何はともあれ、今回はホントに軽く済んで良かった〜。

以上、過去のデング熱の経験の備忘録。

お医者様によると、初めての罹患でいきなり出血性に罹ることは無いので、おそらく、2014年のは初めてではなかったであろう、ということです。

デング熱は、罹患しても、発症するのは二割らしく、つまり、ウイルスに感染していても、免疫力・抵抗力が高く、元気であれば発症しないのだそうです。だから、予防の一番いい方法は、疲れを溜めず、よく睡眠をとり、抵抗力を上げておくこと。それが一番です。
蚊よけ対策は、熱帯地域においては難しく、100%蚊に刺されないことは無理だと思った方がいいので、そこに神経を砕くよりは、日々の生活で健康体で居ること、そちらにフォーカスするべきでしょう。
蚊よけも、出来ることはしたらいいと思いますが、私が気になるのは、熱帯だから暑いから、と、肌を露出しまくった格好で居る観光客が多い事。肌を露出しているといくら虫よけスプレーをしたところで、刺される可能性は高くなりますから、薄物一枚でも羽織ったり長いパンツを履くなど、そちらの対策もお忘れなく~。

以上、デング熱に関する覚書まとめ、でした。
皆様も、旅先で病気になった時に慌てないように、保険に入る、健康な体で旅行に来るように努める、などの対策は万全に!

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