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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
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Hari Raya Saraswati バリ島ではサラスワティの日に読み書き禁止??

saras2.jpg

バリ島のウク歴に基づいて、210日ごとの土曜日に祭祀が行われるサラスワティの日。

バリ人なら、子供のころに両親に、「今日は読み書き、勉強をしちゃいけない日だよ」と言われたことがあるでしょう。

私も、バリに嫁に来てから、サラスワティの祭祀の日は、「読み書きしない日」と教えられて、最初のころは真面目にそれを守って、本を読んだり、パソコンを立ち上げたりしていませんでした。その頃はまだ携帯電話が普及していなかったけど、今ならさしづめ、スマフォをいじったりもしなかったでしょうか。

「なぜ、学問と芸術の女神の日に、勉強しちゃいけないの??」という問いに、明確な答えはなかったけど、まあそんなもんなのかしら、と思っていました。

今はサラスワティの日だからと言って、読み書きしないわけではないし、サラスワティのお供え物を持ってお寺に行って、そこで携帯開いてSNS見たりしてます(;^_^A
今もこうして、サラスワティの日にパソコンでブログ書いたりしてるし。

子供たちに、「サラスワティの日って、読み書きしちゃいけないんでしょ?」と聞いても、「そんなことないよママ!!」という答え。

バリ島におけるサラスワティの日は、無知を払い、智慧を授けてくれたサラスワティの女神を讃え祀ります。知識に関する全ての本、筆記用具にも特別なお供え物が供えられ、学校の授業は休みになり、学生はお祈りのために学校に行きますが、勉強はしません。
学生以外は、村のお寺でサラスワティの祭祀が行われるのに参詣し、家庭でもお供え物をします。家にある本や筆記用具にもお供え物をします。

saras3.jpg

なぜ、昔から、「サラスワティの日は読み書きしてはいけない」という言い伝えが残っているのかしら、とちょっと調べてみました。

サラスワティに行うべきこと、という古文書の中に、サラスワティの礼拝は、午前中に行わなければならず、その間、朝から正午までは、読み書き、特にヴェーダの教えに関するものの読み書きはしてはならない。完璧にサラスワティの日を過ごすならば、24時間読み書きはならず、それが無理な人は、正午からの読み書きはしてよいが、夜は、サストラ(宗教的文学…と訳すかな?)を読み、その他は瞑想と沈黙で過ごすことがよいとされる。
と、書いてあるそうです。

確かに、サラスワティの日は、あさイチから忙しく、午前中に家中の本や筆記用具を集めて、それらにお供え物をしますが、その間は読もうと思っても、お供え物が終わるまでは何も読めないし、筆記用具も使えませんから、そういうところから、巷の家庭では「この日は読み書きしちゃダメ!」
となったのかもしれません。

現代では、私の子供たちのように、サラスワティに読み書きしちゃだめ、なんてただの迷信、意味のない事、と思っているバリ・ヒンドゥー教徒も多いようです。

ですが、ヒンドゥー教は、各行事において何かを祝う際、祈り、沈黙、瞑想、断食によって1サイクルごとに神に近づくという面が有ります。
一つのサイクルの終わりと始まりの時に、完全な0ゼロに戻る、またはニュートラルに戻す、そして一歩また一歩と神に近づいていく。

例えばニュピ。前日は徹底的な外の世界の浄化を行い、当日は一切の火を使う行為を禁止され、料理もお祈りも明かりを使うことも禁止され、徹底的に暗月の暗闇の中で自己を浄化する、というように。

サラスワティも同様に、無知を払う智慧という光明を授けてくれたサラスワティ女神を崇拝し、我々が知識によってここまで発展してきたことを祝う日です。
その前の210日という1サイクルの最後の日、この日に全ての学習および教育活動、特に神の教えや精神的知識に関連する活動で、忙しなく回転している心を静める必要があるのです。

義務教育が発達した世界に生きている私たちは、週に一回、学校が休みじゃないとストレスで死んでしまう!!と愚痴っている訳ですよね(笑)
学校なんかなかった頃から教えを学んでいるヒンドゥー教徒にとって、210日に一度の学業の休み、それがサラスワティの日、なのです。

そういう背景をもう一度見直すと、各ウパチャラ(宗教行事)の際に昔から言われていることは、やはり真理を含んでいるのではと思います。

変わり行く時代に沿って、次第に内容が変化することは仕方ないけど、今一度、やっていることの本当の意味、を思い直して、真摯に日々の行事をこなしていこう、と思いました。

と、いうわけで、サラスワティの日に読み書き禁止、という厳重な決まりがあるわけではないけど、バリ・ヒンドゥー教のウパチャラの一つとしてみた場合、意味はあるのだな、というお話でした。


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