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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
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Siwa Ratri シワラトゥリ@バリ島

バリ島では、年に一度、一月中に、シワラトゥリの日があり、学校はお休みになります。

この日は寝ずに朝までお寺巡り、お祈りをするバリ人が多く、若者は連れ立って出かけます。目的はお祈りですが、堂々と夜通し出かけられるので、カップルも多いです(笑)。
シワラトゥリの謂れ、意味を、転載ですが、集めてみました。

バリ島とインドのそれとは、日もちょっとずれるのですが、ご本家インドのシヴァラ―トリの記事があったので、転載。以下↓
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シヴァラートリとは「シヴァの夜(ラートリ)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリは、毎月、満月から14日目の夜にあたります。しかし、特にパールグナ月(2月~3月)のシヴァラートリは、マハー・シヴァラートリと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。

この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。

シヴァラートリの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。
シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。

シヴァラートリの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

パールヴァティー女神とシヴァ神が結婚した日は、このマハー・シヴァラートリの日であるとも言われています。
またシヴァ神がタンダヴァの踊りを舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。
猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[青]カンタ[首])と呼ばれるようになった話は有名です。

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次はウィキペディアから。

マハー・シヴァラートリはシヴァ神の威光を称え毎年開かれている。単にシヴァラートリと呼ばれることもあるが、厳密には年に12回催されるシヴァラートリのうちで最も神聖な日取りに執り行われるものがマハー・シヴァラートリと呼ばれる

日取りは太陰暦に基づき、ファルグン(Phalguna)のクリシュナ・パクシャ(Krishna Paksha)、チャトルダシー(Chaturdashi)に執り行われこれはグレゴリオ暦の2月か3月にあたる。色々な説があり、ある説によると、この日はシヴァがパールヴァティーと結婚した日と考える、シヴァとシャクティの習合を物語る行事と見る、又ある説によると、この夜にシヴァ神が宇宙の創造、維持、破壊のダンスを踊ったと考えている、又ある説によると、シヴァ神が、サムッドラ・マンタン(牛乳の大海の攪拌)の時に現れた毒、ハラーハラ(Halahala)あるいはカーラクータ(Kakakuta)を飲み、彼の喉にその毒を留めて、宇宙を救ったと考えられている。それ故にシヴァ神の喉は青くなり、ニーラカンタ(Nilakantha)と言う名で呼ばれるようになった。

お祭りは、この夜が、シヴァ神を通して、自らと世界の「暗黒と無知を克服する」夜である故に、ジャーガラン(夜通し寝ないで、起きていること)をし、お祈りをすることが含まれる。 この日、信者達は、ヴェーダあるいは、タントラに基づいたお祈りをしながら、果物や、ビルワ(Bilva,アエグレ・マルメロ、Aegle marmelos、Bael)の葉、お菓子、そして牛乳をシヴァ神に捧げる。信者の多くはシヴァラートリの儀式が終わるまで(朝から次の日の朝まで)断食(完全な水も飲まないものから、水だけを飲むもの、あるいは水と果物だけで、御飯は食べないなど色々な形の断食)を行い、瞑想をする。シヴァ神のお寺では、聖なるシヴァ神のマントラ、「オーム・ナマ・シヴァーヤ(Om Namah Shivaya)あるいはオーム・ナモー・シヴァーヤ(Om Nomo Shivaya)」、すなわちパンチャークシャラ・マントラ(Panchakshara mantra)を一日中唱える。

この日は北半球の星の並びが良い作用を及ぼし、人々は容易に精神の力を高めることができるとされている。そのためマハー・ムリティュンジャヤ・マントラ(Mahamrityunjaya Mantra、死を克服する偉大なマントラ)などのような古代より伝わるサンスクリットのマントラによる効力が極めて高まる日でもある

マハー・シヴァラートリではニシタ・カーラ(Nishita Kala)がシヴァ・プージャ(礼拝)を執り行う上で最も理想的な時間帯とされている。シヴァ神がリンガの形を借りて地上に顕現した時間だとされており、最も縁起の良いリンゴードバヴァ・プージャ(Lingodbhava Puja)が執り行われる。

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次に、バリ島のシワラトゥリのお話をご紹介しておきましょう。
娘が学校で習ってきた話に、旦那の捕捉が入った程度なので、本当にこんな話なのかは謎ですが(笑)。
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Lubdakaという猟師が居た。ある日、森へと狩りに出かけたが、その日は全く獲物が獲れず、手ぶらで帰るのは妻に申し訳ない、と、Lubdakaは森で一晩過ごす羽目になってしまった。
地上で寝ると、虎に食われてしまう恐れがあり、木の上で寝ると、眠っている時に落ちてしまうかもしれない、ということで、彼は一晩じゅう起きている事にした。眠りこまないよう、彼は、木の葉っぱを1枚ずつ下に落とし、数を数えていることにした。
 丁度、その樹の下では、シヴァ神が瞑想修行を行っている最中であった。その樹の葉は、シヴァ神を讃える為の葉で、Lubdakaは期せずして、瞑想するシヴァを讃え、ひいては自分もシヴァの瞑想に同調し、自分も瞑想修行をするのと同じ状態になったのであった。
 この瞑想修行がシヴァに届き、Lubdakaは知らずのうちに、シヴァから恩寵を与えられたのであった。
 さて、一晩明けて、手ぶらで家に戻ったLubdakaは、前日に妻が用意しておいたご飯を食べたが、それは一晩のうちに傷んでおり、それが元で、Lubdakaは死んでしまった。
 だが、シヴァ神から、森での一夜の後、恩寵を受けていたLubdakaは、生前に狩猟で幾多の動物を殺した罪が浄化され、天界へと昇って行ったのでした。

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もうひとつ、もっと詳しいバリ島シワラトゥリの説明。

シワラトゥリ(Siwa Ratri/ Siwa Latri)は、‘シワの夜’という意味である。何故ならその夜に、ヨガをしているサン・ヒャン・シワとして神が姿を変えて現れるからだ。この聖夜は、第7の月プルワニン・ティラム・サシーの日に訪れ、ヒンドゥー教唯一神サン・ヒャン・ウィディ・ワサを前に、これまでの罪を懺悔する為の日となる。シワラトゥリは、又の名を、罪を溶かし失くす夜とも言われる。

シワラトゥリは、下記の行為から成り立つ;

1. ウタマの行為:
* モナブラタ(沈黙・誰とも会話をしない)
* ウパワサ(飲食をしない/断食)
* ジャグラ(眠らない)

2. マドゥヤの行為:
* ウパワサ(飲食をしない/断食)
* ジャグラ(眠らない)

3.ニスタの行為/これだけをする:
* ジャグラ(眠らない)

バリ島では、シワラトゥリは、時の高僧ンプ・タナクンによる話、‘ルブダカ物語’と関係がある。

ルブダカは、森で熊や獣を追って殺す狩人として描かれている。ある日、熊を捕らえる事も出来ず、夜になってビラ(ベルノキ)の木に登った。落ちて獣の餌になるのが怖いので、眠気を覚ます為に、彼はビラの葉を摘んで、一枚一枚下の池に落とすことにした。実際には、池のほとりにはヒャン・シワが鎮座する祠があった。ルブダカは、シワからの恵みを与えられ、死ぬ時にはそのまま天国へ召された。彼がそれまで犯した罪は、その晩寝ずにいたために、全て帳消しとなった。

このルブダカ物語から、我々は次のような解釈を得る:
狩人ルブダカは、現状に満足できず、欲を追い続ける我々そのものであると解釈できる。彼は常に、学問や知識を追い続け、美徳を追い続け、良い性格を追い続けた。だからこそ、彼は獣を殺す事ができなかった。殺されるべきものは、欲深い心、サッドリプ(6つの煩悩=性欲・強欲・怒り・混迷・泥酔・嫉妬)、美徳の教えに反する全ての行為である。

‘自身の中の獣の性質’ 全てを殺し終わった時、彼は熟考した。彼は、やたらに喋る事を止め、断食をし、最も暗い夜に一晩をかけて瞑想した。摘み取ったビラの葉と、それを一枚一枚落とすことは、神を讃えるマントラを唱えては、一粒ずつ繰り出す数珠玉と同じで、108回目で神からの恵みを与えられたのだ。その恵みとは、心の静寂であり、物質とは切り離された人生の幸福である。彼は、高い精神レベルに到達したのだ。そして、この世を去る時、彼は精神的な旅立ちの準備をした。ルブダカは、誰もが描ききる事のできないあの世、簡単に言えば天国での静けさを得たのだ。

このように、シワラトゥリの日は、一年の内最も暗い夜、シワの夜に熟考を行う日である。自身を覚醒させながら深く熟考すること、良く吟味した言葉だけを話すこと、断食すること、瞑想し何度も祈りを繰り返す事。我々は、いつこの世を去るか分からない。早いから、と、それを止める力も無い。

我々はかつて、シワの夜、シワラトゥリの日に熟考の一つをした事がある。人間ならば、長生きをし、次のシワラトゥリも、その次のシワラトゥリも経験することができるだろう。もし、毎年心を鎮め、深く熟考することができるなら、これほど幸せなことは無いだろう。

via Cerita Rakyat Pulau Dewata より

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