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ぷらさん亭

Author:ぷらさん亭
バリ島で娘一人、息子一人、旦那とその両親+犬、猫、庭のジャングルにいる様々な動植物と一緒に暮らしています。
獅子座・A型

UBUDで宿をやっています。
http://prasanti.web.fc2.com

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自粛モード2週間@バリ島ウブド

 個人的には3月17日から始まった一人自粛生活。
体調が悪かったのと、ニュピだったのと、その後の外出禁止→自粛要請の流れの現在。

 この二週間弱、数えるくらいしか買い物で外に出ていない。

 考えてみたら、我が家は自宅で自営、旦那は輪をかけた出不精・おうち(の庭)大好き人間なので、普通の日常と何ら変わらない生活を送っている。

 食べるものは主食の米中心の、お粗末なものにならざるを得ないが、まあ今のところ特に不便もなく過ごしている。

 子供たちは二人とも、期限の見えないオンライン・スクールだが、段々曜日感覚がなくなり、昨日(土曜日)は息子が寝坊して、課題提出に遅れて、ギャン泣きしていた(笑)
親が死んでもここまで泣き叫ばないだろうと思われるほどの泣きっぷりで、「そんな真剣に課題せんでよろしい!」「熱出て体調悪い、って言い!!」と、家族にさんざん怒られていた。
生真面目なんだな。息子。

 娘は私が寝込んでいた時は、せっせとジンジャーティーを作っては飲ませてくれたり、お粥を持って来てくれたり、部屋を完璧に掃除してくれたり(これは一度だけ)と、良く助けてくれて、本当に娘を産んどいてよかったと思った。

 二人とも学校の勉強については非常にまじめで、私自身と旦那のその年頃を振り返っても、一体誰の子かと思うくらいの勉強家である。

 しかし、ティーンエイジャーのご多分に漏れず、家の手伝いなどは非常に怠け者だ。
娘も、私が倒れている時こそ「しっかりしなきゃ」スイッチが入るらしいが、私が動き出すと途端にナマケモノモードだ。

 バリの家庭は朝早くが忙しい。涼しいうちじゃないと暑くて無理、というのが一番の理由だが、朝イチでご飯を食べる前に、お供え物をするために、敷地内の清掃をまずする。そのあとすぐご飯を炊いてお供え物をし、その日の料理の準備に入る訳だが、一人で全部はもちろんしんどいので、年若いものが大体は掃き掃除、テラスの床拭きなどをやるのが我が家の伝統だった(らしい)。
 私も最低限、家寺の掃き掃除、テラスの床拭き、お供え物の支度とお供え物は毎日していたが、寄る年波に加えて体調不良、しかも子供たちは今、学校が長期の休校なのであるから、もう子供たちにバトンタッチしていきたい。

 のだが、ま~がきんちょどもは学校が無いと朝、起きない。

 オンライン授業も時間が決まっているので、その間声かけないで!と言うし、じゃあ時間見てやってや!と言っても「疲れた」と言って中々体が動かない。

 ある日とうとうブチ切れた私が、「家の手伝いもしないんだったら学校なんかやめてしまえ!」と、バリ人の伝統的怒り方をしてしまった(笑)

 娘が「じゃあもう学校なんか行かない!いい成績も取らない!」と、これまたティーンエイジャーらしい反抗してきよったので、
「ダドン(お祖母ちゃん)を見てみぃ!家のことが忙しくて、昔の人は学校も行かせてもらえんかったんやぞ!あんたらは全て保証されて保護されて、学校優先で普段は家のことは一切させてない。でも休みの時くらい、お爺お婆パパとママをちょっと手伝うくらいしやがれ!!」
と、中高時代の私が聞いたら「また始まったダサい説教が」というような事を、子供たちに向かって喚いているのであった。

 子供と一緒に居ると、時に「あ・・・・デジャヴ」と思うことがよくある(笑)

 こんなこと言われたよなぁ・・・自分が親になったら絶対言わんとこ、と思ってたことを、自分が言ってるなぁ・・・

親の心子知らず。

親になってこそ初めて実感する。

 しかし、私と子供たちの何が違うかというと、私は一人だったのに対して、やつらは姉弟で二人なのである。だからと言って二人で歯向かってくるわけでもなく、その点では私よりはるかに大人びているように思う。
姉、弟、子供、孫、という立場をわきまえて、その様に振舞っているのである。

 親(ほとんど私)からの理不尽な言葉に耐え、お互いに小競り合いつつも、やっぱり頼りあって(助け合って)面倒みあっているのが、私には羨ましい。
幼少期から二人で遊ぶことが多かったので、何やら不可解な言語で、二人だけの言葉で遊んでいることが多かった。今でもその名残がある。

 ペットは一匹より複数で飼った方が楽だが、子供もそうである。
と、今の私は実感している。

 3月も末の明日は月曜日、恐らく休校措置はまだまだ続くのであろうが、この、先の見えない不安というのは、ジワジワと来そうで怖い。

 が、昔のバリは毎日こんな感じの毎日だったんだろうなぁと想像すると、もうちょっとは耐えれそうな気がするのである。


NO.2 Nepiの夜、満天の星の下で~瞑想にかえて~

 ニュピの夜。

 天気が良く、満天の星空が見れた。

 午後8時ごろに、一人で家寺の芝生の上に寝っ転がって星空観賞。

 まだみんな起きていて、台所に電気を点けてご飯食べたりしているのだろう、各家庭の団欒の声や、生活の気配が漏れ聞こえてくる。真っ暗だがぽつぽつと遠慮がちに電気を点けているところも多い。

 昔は、ニュピはほんとに真っ暗だった。明かりの漏れも厳しく言われていたような気がする。今は、病人や年寄りが夜中にトイレに行くのに転倒すると怖いので、ニュピでも一つだけ電気を点けていたりするところが増えた。

 オリオン座がほとんど天中に。しばらくすると南へ若干動いているのに気づく。

 星々を見ていると、不思議な気分になる。

 子供のころ、SFアニメーションが花盛りで、私も小説やコミックや映画で、SF物にハマっていた。割と真剣に、宇宙飛行士になりたい、と思っていたような気がする。

 プラネタリウムも大好きで、今思えば、あの吸い込まれるような感じ、上昇していくような心地、恍惚と自己の内部にどこまでも入っていく感じ、というのは、シャバーサナで深く入った時や、滅多にないがメディテーションでスコーンと入った時のような感じだったな。

 しかし、すごい数の星である。無限。

 広大な漆黒の中に、散らばって冷たい光を放っている星々の距離はまたとてつもなく遠く。

 それらを見ていると、唐突に、この宇宙空間の絶対的な孤独というものを感じた。あの宇宙の中にぽんと一人で放り出されたら、どんなに孤独だろう。
 
 死ぬ時というのは、宇宙にぽんと還っていくような感じではないかと想像する。

 現在、1000個ほどその存在が確認されている、ブラックホールにもし生身の体のままで入っていったら。

 ブラックホールの中心部をぐるぐる回っているあたりで、時空のひずみにより、自分の後頭部が自分の目で見えたりするそうだ。
 身体が麺のように細長く伸びていき、最終的には原子・量子レベルに分解してしまう。ブラックホールの中心部、特異点に到達することは出来ない。

 ブラックホール内に吸い込まれている時点では、頭の部分と足の部分は、時間の流れが違うという。巨大な質量を持つブラックホールでは、時間の流れがとてつもなく長くなる。時間も伸びるので、果てしなくゆっくりとブラックホールに落ちていく。

 ブラックホールの外の世界では、何百年、何万年もの時が過ぎているのに、ブラックホール内に居る自分は、ゆっくりゆっくりとブックホールに落ち続ける。ブラックホールの外では死んでいるのに、ブラックホールの中ではまだ存在する。

 死んでいるのに生きている。

 もし、まだ意識を保てていたとしてら、どういう状態であろう。

 まず、壮絶な孤独の中に居ることを認識するのではないだろうか。

 「だから」私たちは生身の、肉体の中に入りに来るのだろう。肉体という時間的制限の中に、五感を持って人生を生きる、というのは、のどから手が出るほどの「望み」ではないのか。
 始まりもなく終わりもない、という時間軸の中にいる者にとっては、「生身の体で一刹那生きる」ことというのは、どんなに肉体的苦痛、精神的苦痛、を伴ったとしても、それを凌駕する、とてつもない快感なのではないか。

 星空を見上げていて、私は悟る。

 この地球上以外に、「生命」があふれている美しい場所は無いと。このように美しくカラフルないのちの星は、数えきれない星々の中でも、地球以外にはないのだ。

 生まれてきて死んでまた生まれる、という、時間の枠の中で起承転結を繰り返す地球上の生物。この完璧な存在はこの惑星以外にはなく、私たちはその軌跡の星に、「人間」として生まれてきた。選んできた、と言ってもいいだろう。

 どのような人生を送り、どのような死に方をするにせよ、私たちは自らここに来て、他でもない自分自身の選択によって日々の生活を営んでいる。

 そのことを自覚せよ。と、私の中に居る何かが促す。

 本当にやるべきことと本当にやりたいこと、それらは最初から一致しているのだから、思い出すだけ、自覚するだけだ。

 なのに、なんと私たちはそれから遠く隔たってしまっているのだろう。いつの間にこんなに隔たってしまうのか。

 星を見ていると、気が付くと薄白くもやがかかったようになって、星が見えない時がある。雲が出てきたのだな、と気づくそばからもう風に流されてまた宙が晴れてくる。

 山もそうだが、星空も、ずっとそこにある。私たち以前から在る。時々曇って見えないが、そこにずっと在り、すぐに雲が切れて姿を現す。

 このことは私たちに、物事の本質に対する姿勢を教えてくれる。本質はずっとそこに在る。雲がかかってるかかかってないかだけである。じっと見ていればクリアにそこに在るのである。「無い」のではなく「見えない」だけである。

 じっと眺めていると、星が段々と動いていく。数十分も経つと、かなりずれている。東から西へ。
実際は、私たちが動いているのである。地球の上に乗っている私たちが、4分に1度ずつ、西から東へ動いているのだ。

 結構な速度で星が傾いていくような気がするが、自分たちが同じ速度で自転しているという自覚は無い。

 この、人間の「自覚のなさ」

 人間以外の動物はきっと、自分が4分に1度の速度で自転する地球の上に乗っている、とは自覚せずに生きているだろう。人間も、そんなことを意識せず毎日暮らしている。

 しかし、人間だけが「地球は自転している」という事実を知識として持てるのである。膨大な知識を持ち、個体としては離れていても、知識を共有しあえる存在は、今のところ地球上に生きている生物では人間だけだ。

 それは一体何のためか。

 全てを「よりよくする」ためだけである。

 他者を貶め、攻撃し、苦しめ、地球を破壊するために、では断じてない。

 地球上の生物の中で3番目に大きな脳化指数を持ち、言語というコミュニケーション能力、共有手段を持つ我々は、他種族の生物からは抜きんでて知性のある種として今現在地球上に存在している。
 
 それを自覚して本来駆使するべきところで駆使しないと、何かに取って代わられるか、地球もろとも破滅してしまうだろう。

 その時は、自分が死んでから後、ではなく、すぐ間近に迫っているかもしれない。



NO.1 西暦2020年3月25日のニュピは、1942サカ歴の新年を迎えるにあたっての24日分と25日分のつぶやき。

今年はニュピ当日が、うちの村のお寺、pura dalem alitのウク歴のオダラン(創立記念祭)と重なった。

 なので、ただでさえ準備が大変なニュピに加わり、オダラン準備のためのngayah共同奉仕作業が、数週間前から始まり、家族人数の少ない我が家は毎日朝から夕方まで出仕参内することに。

 おりしも、弔事が重なった村では、ngayahに来れない人が多く、人手不足もかさなり、少人数家庭には重い負担が。

 ガルンガン・クニンガンの疲れから、我が家のお爺お婆は著しく体調もメンタルも絶不調で、唯一の主婦である私も、とうとうインフルエンザ様の風邪をひきこみ、ちょうど流行りの新型コロナ肺炎のこともあるし、一人自主隔離政策をとっていたので、ngayahのことは、旦那とお手伝いさんのアユちゃんに丸投げした。二人とも大変だったと思う。m(__)m
 それでも、ニュピ前の色々なお供え物の準備と買い物、”ニャゴニャゴ”の日(ニュピ前日の、タウール・クサンゴの日)の鬼のような量のお供え物はやらないと、と、それだけにフォーカスして、あとは全く家に引きこもって備えていた。

 私の風邪の症状は、最初に筋肉痛(これは前日にマッサージをした揉み起こし)、頭痛、のどの痛み、発熱(38・2度)から始まった。
 ガルンガン・クニンガン時の、アユちゃんと子供たちの病気がとうとう私に来たか!?と、早々に寝込んでパラセタモールを一錠服用。熱はそれで下がってそれきり上がらなかったのだが、全身痛と頭痛のどの痛みなどが残り、いはゆる「悪心」が。
 痛み関係が去るとともに、乾いた咳が出始め、数日中にだんだんと痰と鼻水が絡んできた。昨日(ニュピ前日)でちょうど七日目だったのだが、痰が気管支にたまって息が重苦しい感じ。子供のころによくなったやつだ。
 やだなあ。これって新型コロナ肺炎「かもしれない症状」じゃないか。新型コロナ肺炎は発症から7日から10日で重症化する人はするらしい。

 ・・・・・ちょうどニュピなんだが。

 ともかく、旦那と二人で、新月のお供え物から始まって、ニュピ前のお供え物を全部やり終え、家の中で”プングルップカン”、つまり一年の祓の儀式「鬼は外」をやり、家族の健康と神の加護を祈る儀式を済ませた。そのうちに、25日のニュピに引き続き、26日もニュピ、という話がネットにて回ってきた。

 バリ州が26日は外出自粛要請を発出したことを受けて、ギャニアール県は、ウブドを含む県民全てに外出禁止、県内の道路封鎖を発令したのである。

 25日のpura dalem alitのオダランのお供え物を、25日の午前4時にやり、お寺へのお参りはニュピ翌日26日に、という予定だったのだが、どうなるのか。とはいえ、午前4時に家でお供え物はするのだが。
 socal distancig、とは言うが、バリ島の宗教行事では一つ場所に皆が集まる形態だ。屋外だが。そこで集団感染が起こらないとも限らない。
 が、宗教行事は今まで例外なく挙行されてきた。宗教儀礼の場では、マスクなどは基本着用しない・・・。

 そのことを批判は出来ないと思う。そのことを「無知」とか「社会的モラルがない」とは言えない、と私は思っている。危険だと思うから私は一人自主規制をして、お寺に行かないのであるが、それを逆にバリ人に批判されても仕方ないとも思っている。

 ただ、そういうバリ人の宗教形態、バリ人気質を十分に理解している「バリ人」の行政官が、今回の発令を下している訳であるから、事態は深刻だ。

 さて、昨日(ニュピ前日)で発症7日目を迎えた私であるが、咳と痰による息苦しさが今後、良くなっていくのかはたまた呼吸困難にまで悪化するのか、はなはだ不安。こんな時、「風邪ですよ」とか「菌による〇〇ですよ」とか「インフルエンザですよ」とか「新型コロナ陽性ですよ」とかの診断がつけば、まだちょっとは気が楽なのかなと思う。

 が、今現在、このような情勢で、バリ島では、何の診断もつかない。家で一人だけマスクしてひっそりしているだけである。

 これが今回の「世界的危機」の正体である。

 このような実質的ロックダウンが長期的に続くと、世界は同時にゆっくりと発狂していくであろう。

 なんでもそうだが、辛い事の「渦中」に居る時は、時間の流れが果てしなく長く感じる。楽しい事の渦中にある時は、一瞬で過ぎるのに、なぜだろう。
 いつかは、「ああ今回のこのパンデミックは大変だった!!」と言って笑いあえる日が来るであろう。そしてみんな以前と同じような日常に、何食わぬ顔をして戻っていくのであろう・・・・。

 本日25日、ニュピである。ネットは今年は遮断しない、と思っていたが、がっつり遮断である。外の情報が何もない。分からない英単語を調べることも出来ない。
 そういえば、いつから辞書を引くことをしなくなったろう。

 寝たいだけ寝て、症状は幾分よくなった気がする。少なくとも悪化はしていない。朝四時に、起きたのは起きたのだが、咳込んだので、お供え物は旦那にお任せして、私は二度寝した。

 人間、時間の束縛もなく、ネットもなく、することの束縛が何もないと、ついつい台所に立ってしまう。今日は一日、飲み物だけでユル断食しようと思っていたのに、野菜てんこもりの乾麺で焼きそば作り、昨日の残り物のルンダン・サピとアヤㇺ・ゴレンやなんやらを温めなおして、子供らに食べさせているうちに、思わず一緒に食べてしまった(;'∀')

 まあいいや。夜はサンガで瞑想しよう。

 明日26日は、ネットは回復するのかな。



バリ島・新コロ自粛中の、我が家の様子。

新コロちゃんの影響で、バリ島も自粛の日々。

 小中高とも休校で、公立の中高(小学生が居なくなったので不明)はオンラインで授業。というか、朝イチで、山のような課題を出され、(うちの子供たちは)真面目にやる、というパターン。

 中学生の息子が、「ちゃんとやってるかどうか証拠の写真を撮れ」とウルサイw 学校からの指示だろうが、みんな「偽造」しているのだろうなぁ。
教科ごとにいちいち写真をせがむので、一回で教科書だけ変えて、何枚か撮ればいいじゃないか(怒)
と切れる。
今朝は、親が勉強を見ている図、つまり保護者と一緒に写っている画像を撮れ、と・・・

 なんだかコントの世界だ。

 バリへ嫁に来た頃は、携帯電話でさえ普及しておらず、携帯電話を買える人は、トランシーバーみたいなデカい携帯電話を後生大事にしていたのに、今の子供たちは自宅でスマートフォンで、オンライン授業、などやっちゃってる次第である。中学生以上の子供たちが、スマホ所持率100%という事がまず驚きである。私が毎日慌ただしく生活に追われている間に、インドネシアのバリ島、ここまで来たのである。

 さて、観光客も厳しく制限、学校も休み、必然的に静かなバリ島であるが、ウブド郊外の村にある我が家は賑やかな事この上ない。
 学校が休みになって暇を持て余した近所のガキンチョどもが、鬼ごっこと称してうちの家寺と庭を走り回るのである。

 大体にして、バリ人は敷地の中に他所の子供が普通に入ってくることを、咎めない。
元々、家族が多くて、敷地の中に子供がうじゃうじゃ居る、村中殆ど血縁なので、近所の子供も自分ちの子供も、あまり区別が無い。
そんなところが理由だと思うが、私はこれだけは昔から我慢が出来ない。


・・・・・・・・・・・・・・・・

うるさい!!!!!!!!!!!!!

のである。私は物音にかなり敏感な方で、隣家の音楽や騒ぎ声、遠くからの重低音、電気音、そういう、「騒音」と言われる物音には我慢が出来ない。
 しかし、我慢が出来ない!!!と喚いたところで、怒ったところで、ここではどうしようもない。
 バリ人を含め東南アジアの人々は、一体に、「騒音」に寛容というか、我慢強い、と思う。最近は知らないが、過去にふらふらと旅行で行った東南アジアの様々な土地で、そう感じた。素晴らしい自然、素晴らしい静寂さがある地域なのに、猥雑な音にも平気、というのは、何かの反動なのか。
 とにかく、子供たちがどんなにぎゃーぎゃー騒いでも、バカ者がどんなに大きな音量で音楽をかけても、大人たちは誰も注意しないのである。
 私も、小さな子供たちが、隣の敷地で楽しそうにはしゃいでいる声や、赤ちゃんの泣き声などは全く気にならない。しかし、うちの敷地でそれをやられると、なぜか気が狂いそうになるのである。
 子供たちが小さい頃は、近所の小さい子や、子供のいとこ達(つまり甥っ子姪っ子)がよく集まってきては騒ぎになったものだが、それも耐え難かった。
 こうやって書いてると、(今も近所のガキンチョどもが、笛とか吹き鳴らしながらうちの庭で騒いでいるが)あまり気にならなくなってきたぞ(笑)
 さっきは二回、注意した。なんなら表の戸板を立てて閉めて、「うるさいから入っちゃダメ!」と言ったのだが、それでも入ってきて遊ぶというのは、よっぽどここが居心地がいいのであろう(笑)。
 いや、きっと、どこの家も「五月蝿いから外で遊んで来い!」と子供たちを追い出し、行き場のなくなったガキンチョどもが、夕方4時のこの時間、集まってくるのだ。 うちに。

 宿の方にゲスト(貴重で有難い)がお一人居らっしゃるのだが、隣の敷地の男どもが、敷地の一番奥に「男の憩いスペース」なる掘立小屋を建てて、カード賭博をやったりお酒飲んだり、インドネシアのダンドゥッドという、お姉ちゃんが腰をくねくねさせながら歌う歌謡ポップスを大音響でかけたりする。それがちょうど奥の客室の下方で音が筒抜けなので、さぞかし煩いだろうなあ、と申し訳ない。
 のだが、隣の家なので文句も言えないのである。
 いや、文句は言える。過去に、外国人であることを振りかざして、文句を言いに行ったこともある(笑)が、何ら変わらず。なんならぎくしゃくしてしまっただけ、で余計悪化。

 バリ島とは、そういう所なのでる。

 まあ、マンディまでの時間の事である。

 新コロ自粛期間の風物詩だと思って耐えよう。


トイレットペーパーと使い捨てマスク。

全世界で大変な騒ぎになっている、新コロ騒動。

 バリ島でも観光客激減、インドネシア政府の措置に従うコロナ感染者増大国の入国禁止措置に従い、観光客を運んでくる航空便が、次々と運休・減便になっている。

一言でいうと、「商売あがったり」である。

 観光産業でもっている島なので、過去の、テロ爆破事件、アグン山噴火、地震、と何度もこういう目には遭ってきた。しかし、こう短いスパンで次々と追い打ちが来ると、そろそろ本当に持ちこたえられないかもしれない…。

 と、悩んだところでどうにもならないので、日々の(宗教)行事をこなしていくしかない。

 で、日本の友人や家族や知人や、メディアから伝え聞く狂騒状態について、不思議に思う事と、ちょっとどうなの?と思う事をつぶやく。

 まず、トイレットペーパーやティッシュ、無いとそんなに困るんかな?

 うちでは、一応トイレットペーパーは使うが、無くても別に困らない。もともと手動ウォシュレットのお国柄、ビデがついているトイレも多いし、頻繁にマンディ(水浴び)をする南国なので、なんならトイレのたびに水浴びするくらいな勢いで、ペーパーなんか使わず、水気はタオルでふき取る。
ティッシュペーパーに至っては、半年に一度買うか買わないか位だ。
 バリ人の家族はともかく、なぜ私がこうなったかというと、一つは、「ごみを極力出したくない」から。バリ島の深刻なごみ事情についてはここでは語らないが、今の私の生活の目標の一つは、ごみの削減である。だから、ごみとなるものは極力買わない。
 ペーパーで出来ることは、布類で出来るのである。布は洗ってまた使える。それで十分ではないか。
 子供が小さかった時も、布おむつ。しょっちゅうお尻を洗い流してた。余談ですが、ペットボトルのキャップに小さい穴をあけて、即席携帯シャワーは大変便利。まあ、赤ちゃんだったころは外出時にはティッシュペーパーやウェットティッシュは大変役立ったけど、家では全然使わなかった。

 しかし、これは年中温暖な南国だから出来ることではある。真冬の日本でしょっちゅう水使うのは、厳しいのかな。布やタオルの洗い替えが大変?・・・いやちょっと待って、日本だって今はほとんどの家庭がウォシュレットでしょう?トイレだけじゃなく温水も出る。なんなら乾燥までしてくれますやんか???

 でも、生産量は十分なのに、店頭でトイレットペーパーが買えないって、ナニ?って思う。
コロナ騒動が起こったからって、トイレに行く回数が今までの何倍にもなるわけじゃないのに、今まで十分行き渡ってたものがなぜ急に無くなるのか??
 この時とばかりに高値で売るために買い占める、そんな極悪人がはびこるんでしょうが、そんな輩には「別になくても困らない」という姿勢で、買い求めない、これしか対処法が無いですよね。
まず、本当に必要な医療機関、病人、けが人さんに行き渡ることだけを第一に。

 次に使い捨てマスクのこと。
 
 これもトイレットペーパー同様、店頭から姿を消しているそうだが。一回使って、捨てるんですよね。この使い捨てマスク、その辺に捨てまくられて、その後の処理は・・・?新コロウイルスを阻止しようと使い捨てマスクを使いまくる諸国の皆様、バリ島のようにごみ処理施設のない所で、この使い捨てマスクが大量に捨てられたとしたら・・・一体どうなりますか??
 そのことを考えただけで、私は使い捨てマスクは使いたくない。
 この新コロ予防について、マスクの有効性についても、お医者さんから色々と説明が出ている。症状が出ていない健康な人がすることには、意味がない、という説明も。まあ、マスクをすることで安心感を得られるのならすればいいと思うけれど、布マスクで十分ではないかと。

 この二点、どちらも使い捨てのものばかり。使い捨てのものが買えなくなってパニックになってるわけですよね。
 で、長い人類の歴史の中で、比較的近代まで、そんなに使われてなかったというか、生産されてなかったものだ。布がその使命を果たしていたもの。

 洗濯や消毒にひと手間かかるが、それを面倒くさがっている場合ではないであろう。不要不急の外出を控えて家での時間が有る今こそ、やればいいのではないか。

 と、そんなこんなを考えている。
 儀式は相変わらず忙しいけど、お客さんが減って、その時間が空いちゃったんだもーん。


 

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